ジュネーブの難民条約によれば、政治的、民族的、宗教的な理由などで迫害されている人は誰でも亡命する権利がある。英国にも本来、適用される国際条約だが、同内相が提示した「不法移民法」は明らかにそれらの権利すら拒否している、という声が強い。
興味深い点は、不法移民法案が移民関連の国際条約や英国の人権法に違反している可能性があることを同内相自身が自覚していることだ。英紙ガーディアンによると、ブレイバーマン内相は保守党議員に自分の計画を提示したとき、その法案が人権法に「50%以上」違反していることを認めたというのだ。
ガーディアン紙によると、英国で現在、16万6000人が移民申請の決定を待っている。英国通信社PAによると、既に今年これまでに約3000人の移民が英仏海峡を渡ってきた。2022年には4万5755人だった(前年比60%増)。フランスは英国の要請でフランス側沿岸の取り締まりを警官を増員して強化したが効果を上げていない。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も英国の不法移民法案について深い懸念を表明している。UNHCRによると、「この法律は移民禁止を意味し、英国に不法に到着した難民は、その主張がいかに真実で説得力があるものであっても、難民として保護される権利が認められないことになる」と指摘している。また、「英仏海峡を渡る男性、女性、子供の大半は、戦争、紛争から逃れるためにくる。新しい法案は海峡を渡ってくるボート難民のトラウマをさらに悪化させ、世界での英国の評判を損なうだけだ」という声すら聞かれる。
英国は過去、不法移民をルワンダに収容するためにルワンダと協定を締結し、英国はルワンダに1億4000万ポンド(約1億5600万ユーロ)を支払っているが、欧州人権裁判所(ECtHR)が介入して以来、英国からルワンダへの強制送還便は今のところない。
なお、リシ・スナク首相は、「不法移民を止めることができない場合、将来、本当の難民を助ける可能性が制限されるだろう。これらの措置の厳しさについて議論があることを理解している。私が言えることは、私たちはあらゆる方法をこれまで試みたが、うまくいかなかったということだ」と述べている。
ところで、スナク首相もブレイバーマン内相も移民家族の出身だ。ブレイバーマン内相は8日、「不法移民法」への批判に対し、「思いやりと共に、必要かつ公正な措置が重要だ」と説明している。スナク首相やブレイバーマン内相は、移民問題で厳しい政策を主張する保守党内の右派勢力の支持を得るために、厳しい移民政策を施行しようとしている、といった意見も聞かれる。いずれにしても、家族の出自が移民の場合、閣僚や政治家は「移民問題」では不自然なほど厳しく対応する傾向がみられる。
同内相は下院での法案発表時に、「2015年以来、英国は50万人近くの人々の移住を認めてきた。その中には、独裁政治から逃れた香港からの15万人、プーチンの戦争から逃れた16万人のウクライナ人、タリバンから逃れた2万5000人のアフガニスタン人が含まれている。実際、私の両親は何十年も前にこの国に移住し、安全と機会を見いだした。私の家族は永遠に英国に感謝している」と述べた。不法移民法案のプレゼンテーションの中でこの発言部分が最も印象的だった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。