ジョーンズはウクライナで取材中、治安関係者に逮捕されたが、ウクライナで目撃した内容を記事にしないという条件で釈放され、英国に帰国する。そして危険を知りながら、ウクライナ人の地獄のような状況を世界に伝えなければならないと決意した。多くの批判、反発はあったが、最終的にはメディアに彼のルポ記事が掲載された。その後、ジョーンズは1935年頃、日本を訪問し、満州国の内モンゴルを取材中、盗賊に誘拐され、殺された。まだ30歳の若さだった(ソ連の秘密警察の仕業とも言われている)。
なぜ、この映画の話をするのかは、現在のウクライナ情勢を理解するうえで何かヒントが得られるのではないかと思ったからだ。ゼレンスキー大統領が昨年11月26日、オレナ夫人と共に1932年~33年のホロドモール90年目の追悼式に参加した写真をこのコラムでも掲載した。ホロドモール時代のウクライナを描いた「Mr.Jones」を観たいと思った次第だ(「プーチン氏『冬将軍』の到来に期待?」2022年11月28日参考)。
ウィーンにはウクライナ移民たちのコミュニティがあるが、年配のウクライナ人は「大飢餓の出来事は現在のウクライナ人にもトラウマとなっている」という。共産政権時代に生じたチェルノブイリ原発事故、そしてロシア軍のウクライナ侵攻と、ウクライナ人は過去、多くの苦境に直面してきた。プーチン大統領は「ウクライナ人はロシア人と同じ民族だ」と主張する。実際、ロシア人とウクライナ人の婚姻が多い。一方、ウクライナ人はロシア民族によって苦しめられ記憶を忘れることができない。多くのウクライナ人はプーチン大統領を「21世紀のスターリン」と受け取っている。
プーチン大統領はウラジーミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフ(1853年~1900年)のキリスト教世界観に共感し、自身を堕落した西側キリスト教社会の救済者と意識している。同氏は自分をキーウの聖ウラジーミルの生まれ変わりと感じ、ロシア民族を救い、世界を救うキリスト的使命感を感じているという。一方、ウクライナ国民はソ連共産政権下の「ホロドモール」の悪夢を払拭できずにいる。「プーチン氏の世界」と「ウクライナの歴史」の間には深い溝、“赤い闇”が横たわっている(「プーチン氏に影響与えた思想家たち」2022年4月16日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。