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日本弁護士連合会は、12月21日会見を開き、岸田内閣が12月16日に閣議決定した「安保3文書」に盛り込まれた「反撃能力」(敵基地攻撃能力)保有に反対する12月16日付「意見書」を岸田首相と浜田防衛相に送付したことを明らかにした。
意見書によれば、反対理由の骨子は以下のとおりである。
憲法9条の解釈上、自衛権の発動は相手国からの武力攻撃を排除するための必要最小限度のものに限られるところ、長射程ミサイル兵器を含む反撃能力の行使は、相手国の領域における武力行使に該当するから憲法9条に違反する。 反撃能力としての長射程ミサイル兵器などは、相手国の領域に直接的な脅威を与える攻撃的兵器であり、憲法9条が禁じる「戦力」に該当するから、憲法9条に違反する。 相手国の領域を直接攻撃する敵基地等への攻撃は、当然に相手国の反撃を招き武力の応酬に直結し、再びこの国に戦争の惨禍をもたらすことになりかねない。 日本の存立の維持は、武力に依拠せず憲法の恒久平和主義・国際協調主義に基づき最大限の外交努力を尽くし武力紛争を防止すべきである。
日本弁護士連合会の「反対理由」に対する筆者の法理論的反論
上記の日本弁護士連合会の「反対理由」について法理論から反論する。
1について意見書は、反撃能力保有は憲法9条の必要最小限度の自衛権の範囲を逸脱した憲法違反と主張するが、相当ではない。
必要最小限度は時代の進歩とともに変わり得る相対的な概念であり、急速な軍事技術の発達や相手国の攻撃力に対応して必要最小限度の自衛権の範囲が決定されると解するのが合理的である。そうでなければ憲法9条自体も認める国民を守る自衛の目的が達成されないからである(最大判昭34・12・16砂川事件「憲法9条は自衛権を放棄していない」参照)。
したがって、現在の急速なミサイル技術の進歩により日本のミサイル防衛が機能しなくなれば、それに代わり、日本国民の命を守るための自衛権の行使として、相手国のミサイル発射基地などに反撃する長射程ミサイル兵器を含む反撃能力の保有が不可欠となるから、このような反撃能力の保有は必要最小限度の自衛権の範囲内であり憲法9条に違反しないと解するのが合理的である。
日本弁護士連合会は、半世紀以上前のミサイル技術の進歩がなかった古い時代の憲法解釈を今もそのまま踏襲しているのであり、当時は現在ほど中国や北朝鮮などによるミサイル攻撃の脅威はなかったのである。
2について意見書は、反撃能力としての長射程ミサイル兵器などは攻撃的兵器であり憲法9条が禁じる「戦力」に該当するから憲法違反であると主張するが、相当ではない。
そもそも、憲法9条は侵略戦争のみを放棄したものであり、自衛のための自衛戦争は放棄していない(水戸地判昭52・2・17百里訴訟参照)。そのうえで、一貫した政府見解によれば、「戦力」とは「自衛のための必要最小限度を超えるもの」である。
前記の通り、近年のミサイル技術の急速な進歩により、我が国のミサイル防衛では国民の生命財産を守ることができず、自衛のために相手国のミサイル発射基地等に対する反撃が不可欠となれば、反撃能力としての長射程ミサイル兵器などは必要最小限度の自衛力となり「戦力」には該当しないと解するのが合理的である。この解釈は、自衛権を認める最高裁判例理論にも適合したものである(前掲砂川事件最高裁判例参照)。
3について意見書は、反撃能力が持つ先制攻撃の危険性を指摘したものであるとすれば、筆者も同意する。反撃能力の行使は、偵察衛星等による十分な情報収集と分析が不可欠であり、米軍との情報共有も必須である。したがって、反撃能力は実際上米軍との共同行使となり、より有効性が高まり、相互の自制も働くであろう。
4について意見書は、紛争を防止する外交努力の重要性を強調しているが、筆者も同感である。しかし、意見書が抑止力の必要性を認めず、もっぱら外交努力のみを主張する趣旨であれば、筆者は賛同しない。
ナチスドイツ・ヒトラーに対する英仏の平和外交の失敗など、世界の歴史を見れば、外交と抑止力は車の両輪であると筆者は認識するからである。特に、ロシアや中国など力による現状変更を躊躇しない権威主義国家に対しては、外交とともに抑止力は欠かせないのが国際社会の現実である。ロシアのウクライナ侵略がこれを証明している。