(1)台湾のTSMCを日本に誘致 半導体産業の復活を図る日本政府は、世界の半導体需要の60%以上を生産する台湾の半導体受託生産会社「台湾積体電路製造」(TSMC)を日本に誘致することを決めた。日本政府は、TSMCの工場を熊本県に誘致し、約4,800億円もの支援を行う。

これを受けて熊本県は今月16日、半導体受託生産最大手、(TSMC)の菊陽町進出に伴い策定中の「くまもと半導体産業推進ビジョン」の素案を公表した。10年後の2032年度に県内半導体関連産業の年間生産額を現在の約2.3倍となる1兆9,315億円に拡大する目標を掲げた。雇用者数も約2割増の2万5,517人とし、県経済の底上げを目指す。

熊本県は「日本の半導体サプライチェーンの強靱化」「安定した人材の確保・育成」「新産業創出につながる半導体イノベーション・エコシステムの構築」を方針の柱とし、全力で邁進するとしている。

(2)起死回生の策となるかラピダス計画 TSMCの日本誘致の一方で、トヨタ自動車、NTT、ソニーグループ、ソフトバンク、NEC、デンソー、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が計73億円を出資して半導体委託製造会社ラピダス(Rapidus、本社東京)を立ち上げる。経済産業省は、補助金700億円を支給して支援し、線幅2ナノの試作に成功した米国IBMと手を組み次世代半導体の国産化を目指す。

既に北海道は、工場の誘致を申し入れており、千歳市内の工業団地に最初の工場を建設する方向で最終調整を行っている。研究開発を含めて5兆円規模の投資が見込まれており、千歳市周辺に関連産業の集積も進む可能性が高い。建設候補地は、新千歳空港に近接して利便性に富み、セイコーエプソンなどが立地する工業団地「千歳美々ワールド」だ。

また経産省は「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」を設立し、産業技術総合研究所や理化学研究所、東大などが共同参画する。海外研究機関・企業との共同研究プロジェクトを組成し、ラピダスが目指す次世代半導体の量産化技術に応用させていく予定だ。

半導体産業の復興は安全保障上の要請

こうした半導体をめぐる一連の動きは、単に日本の半導体産業の復興というだけではなく、対中包囲網の強化という日米の安全保障上の要請に基づいている。

日本政府が提唱する経済安全保障政策では、「戦略的自律性」(わが国の国民生活および社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強靭化することにより、いかなる状況の下でも他国に過度に依存することなく、国民生活と正常な経済運営というわが国の安全保障の目的を実現する)と「戦略的不可欠性」(国際社会全体の産業構造の中で、わが国の存在が国際社会にとって不可欠であるような分野を戦略的に拡大していくことにより、わが国の長期的・持続的な繁栄及び国家安全保障を確保すること)が強調されており、日本が目指す先端半導体はその重要なツールとなる。

さらに台湾有事を想定すれば、世界の半導体供給の60%以上を占めるTSMCが戦火を受けたり、中国に占領されるようなことがあれば、全世界の半導体供給は機能不全に陥る。

つまり、TSMCの誘致やラピダスの新設などによる半導体産業の復活は、日本の経済成長のみならず、世界の安全保障にも直結するほどの重要課題なのだ。

藤谷 昌敏 1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程修了。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、一般社団法人経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員。

編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。