元毎日新聞記者の西山太吉が死去したが、この事件は50年以上前なので、いろいろデマが飛びかっている。過去の記事も含めて、事実関係を整理しておく。
1972年に西山が報道したのは、400万ドルの土地復元費用を日本政府が負担する密約だったが、その後、明らかになったアメリカ側の条約文書をもとに、VOA移転費用など合計2000万ドルを日本側が肩代わりする密約があったことを明らかにしている。さらに沖縄返還協定に書かれた3億2000万ドル以外に、基地の移転費用6500万ドルや労務費3000万ドルなど、別の「秘密枠」もあったとされている。
元外務省アメリカ局長の吉野文六は「3億2000万ドルだって、核の撤去費用などはもともと積算根拠がない、いわばつかみ金。あんなに金がかかるわけがない。本当の内訳なんて誰も知らないですよ」と証言している。密約は、日本が米軍に「ただ乗り」することを許さないアメリカ政府の圧力と、無償返還という「きれいごと」の矛盾を糊塗するためだったという。
政治家を使って密約を国会で追及させた西山記者しかしこの事件が人々の記憶に残っているのは、そこではない。西山は最初、この密約を記事にしたのだが、密約の証拠を出せなくて扱いが小さかったので、社会党の横路孝弘に密約のコピーを渡してまう。これが最大の失敗だった。
横路は国会の質問で密約の存在を否定する外務省に対して、このコピーを突きつけたが、そこに押された稟議書の決裁印から外務審議官が特定され、秘書の蓮見喜久子は査問を受けて機密漏洩を認めた。
密約の問題をごまかそうとした外務省は検察を使い、東京地検特捜部は、蓮見と西山を国家公務員法違反で逮捕した。ジャーナリストの取材が機密漏洩の罪に問われるのは初めてで、マスコミは最初は西山の逮捕に反対した。
起訴状の「ひそかに情を通じ」で情勢は逆転したところが検察が起訴状に「(西山が)ひそかに情を通じ、執拗に申し迫り、これを利用して同被告人をして外交秘密文書を持ち出させ…」と書いたことから、情勢は逆転した。西山にも蓮見にも配偶者がいたため、この事件は不倫関係として話題になった。
法廷で検察は密約そっちのけで下半身問題を追及し、外務省は密約の存在を否定した。裁判所も「情を通じた」ことが通常の取材手段を逸脱するので報道の自由は認められないという論理で西山を断罪し、最高裁で有罪が確定した。
他のメディアも男女関係がからむと腰が引け、肝心の密約の追及は尻すぼみに終わってしまった。追及は西山に向けられ、毎日新聞の不買運動まで始まった。
今でも彼の取材方法を批判する人が多いが、これは問題のすり替えである。不倫は犯罪ではない。蓮見の機密漏洩は国家公務員法違反だが、西山の容疑はその「そそのかし」という曖昧なものだった。このように取材を機密漏洩として処罰したら、たとえば検察の家宅捜索を事前に報道するのも国家公務員法違反になる。