それでは停戦・和平交渉は不可能かといえば、決してそうとは言えない。ゼレンスキー大統領が和平交渉の前提条件を放棄し、ウクライナ領土の80%、ないしは90%を確保する一方、欧州連合(EU)に早期加盟することができれば、ウクライナの安全保障は確保できる。そして朝鮮戦争後の南北分断された朝鮮半島のような休戦状況を実現すればいいという。これは米国の著名な歴史学者でロシア専門家のスティーブン・コトキン教授が紹介している内容だ。オーストリア日刊紙スタンダートが24日、報じていた。

プリンストン大学のコトキン教授は雑誌ニューヨーカーとのインタビューの中で、「対ロシア制裁は今日まで有効に機能せず、クレムリン宮殿クーデターは発生していない。一方、ゼレンスキー氏の戦争終結へのビジョン、奪われた領土の回復、戦争犯罪の調査、賠償金の支払いなどは希望的観測に過ぎない。ドニエプル川沿いの国をさらに荒廃させ、居住不能にするだけだ。戦争の終結は、ウクライナが領土の一部を失う事を甘受する代わりに、EUに加盟することだ。過去の実例として朝鮮戦争の解決策がある。そのためには非武装地帯の設置と休戦が必要となる」と主張している。

ウクライナの「朝鮮戦争後の休戦」案はコトキン教授だけの見解ではない。ブルガリアの政治学者イヴァン・クラステフ氏は20日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「戦争の行方は分からない。サプライズもあり得る」と指摘し、「例えば、朝鮮半島の場合、朝鮮戦争(1950年6月~53年7月)後も南北両国は和平協定が締結されていないが、休戦状況は続いている。同じように、ロシアとウクライナ両国は(双方の譲歩と妥協が不可欠の)停戦・和平協定の締結は難しいとしても、戦場での戦いを休止し、その状況が続く、といった朝鮮半島的休戦シナリオは考えられる」というのだ。米国と欧州のロシア問題エキスパートがウクライナ戦争の停戦・和平案として「朝鮮戦争後の休戦」をモデルと考えているということは興味深い(「ウクライナ戦争と『24年選挙イヤー』」2023年2月22日参考)。

ウクライナ領土80%、ないしは90%をキーウに、残りをロシアに分割する休戦案は、プーチン大統領の野望の一部を受け入れることになるから、ウクライナ側には強い反発が出てくるだろう。ただ、戦争を長期化し、消耗戦となれば、ウクライナ側にも負担は大きい。領土の一部をロシア側に譲る一方、ウクライナが早期EU加盟を実現できれば、北大西洋条約機構(NATO)の加盟とは違い、ロシアの反発は少ない。そして南北分断国家の朝鮮半島で、韓国が経済的に繁栄していったように、EU加盟国のウクライナが経済国として発展していくというシナリオだ。

コトキン教授は、「アイゼンハワー米大統領が1950年代の朝鮮戦争中に韓国を訪れたように、ジョー・バイデン米大統領もキエフを訪れた」と述べ、「朝鮮モデル」がウクライナの休戦実現にも適応できると考えている。

ただ、ロシア側が占領しているウクライナ東部、南部は黒海周辺の重要なエリアだ。また、イスラエルとパレスチナの現状を見ても分かるように、国家の分断は決して停戦を意味せず、紛争が再開する危険性は常にある。その意味で、「朝鮮モデル」をウクライナの休戦に適応する案は和平協定を締結するまでの暫定的な解決策というべきだ。

問題は、ロシアは核兵器だけではなく、生物・化学兵器といった大量破壊兵器を保有していることだ。コトキン教授やクラステフ氏には、「ロシアの化学兵器または生物兵器がキーウの水供給を汚染したり、ロシアの特殊部隊がヨーロッパに多大な損害を与える可能性がある。プーチン大統領が大量破壊兵器に手をかける前に、ウクライナ戦争を早期停戦し、休戦状況に持ち込まなければ危ない」といった現実的判断が働いているのだろう。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。