英国にとって対ロシア関係は久しく険悪な関係だったこともあって、英国の外交は全面的にウクライナ支援に傾斜していった。英国で2018年3月4日、亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘が、英ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見された通称スクリパリ事件が起きた。調査の結果、毒性の強い神経剤、ロシア製の「ノビチョク」が犯行に使用されたことが判明し、英国側はロシア側の仕業と判断し、ロシア側の情報機関の蛮行に対して、強く反発してきた経緯がある。

英国の外交にとって有利な点は、EUの盟主ドイツが第2次世界大戦時のナチス・ドイツ軍の戦争犯罪という歴史的な負い目もあって、紛争地への軍事支援が難しい事情があることだ。ショルツ首相が「レオパルト2」をウクライナに供与するかどうかで多くの時間をかけた姿が世界に流れ、「ドイツはウクライナ支援にブレーキをかけている」といったドイツ批判がメディアで報道された。

一方、ドイツの過去の負い目を巧みに利用し、欧州外交の主導権を狙うマクロン仏大統領にとってドイツ抜きでは経済支援を含めウクライナ支援は難しい。27カ国から構成されたEU加盟国の中には、フランス主導のパフォーマンスを中心としたEU外交を良しとしない国が少なくない。慎重だが、経済力を持つドイツ抜きではEUの問題を解決できないからだ。

ゼレンスキー大統領は8日、ロンドンでスナク英首相と会談し、議会で演説を行った。そこで同大統領は、「ウクライナの勝利のために戦闘機の供与を」と訴えた。スナク首相はキーウの願いに対して快諾したわけでないが、検討を約束している。

攻撃用戦車の供与問題でもそうだったが、欧州諸国が決定するまで時間がかかることを学んだゼレンスキー大統領は攻撃用戦車の供与が決定した直後、時間を置かず素早く「次は長射程ミサイルと戦闘機の供与を」と要求した。ゼレンスキー大統領がその最初のアドバルーンを英国で上げたのは当然だった。

EU加盟国の間では、ウクライナを支援する点でコンセンサスはできているが、ハンガリーのオルバン政権はロシアのプーチン大統領に親密感を持ち、その人脈で低価のロシア産天然ガスを獲得するなど、加盟国内で対ロシア政策、制裁では一致はしていない。

ちなみに、マクロン仏大統領がEU首脳会議の前日の8日、欧州歴訪中のゼレンスキー大統領をパリに招き、ショルツ独首相と共に会談し夕食会まで開催したことについて、招待されなかったイタリアのメローニ首相は9日、「不適切だ」と批判している。EUの首脳陣の中には、いがみ合い、嫉妬、嫌悪といった感情が皆無ではないわけだ。

なお、EUのフォンデアライエン欧州委員長によると、EUは過去1年でウクライナ支援に670億ユーロ(約9兆4300億円)を拠出したという。EUは9日、対ロシア追加制裁として100億ユーロ(約1兆4000億円)超相当の輸出禁止措置を盛り込むことを明らかにしたばかりだ。

英国はEUから離脱したこともあってブリュッセルの意向に拘束されず、フリーハンドでウクライナ支援を決定できる。これは、英国がウクライナ支援でEUのドイツやフランスより一歩先行している大きな理由だ。

ウクライナで戦争が続く限り、英国の外交はEUの外交を上回るスピードと決断力を発揮するだろう。戦争が終わり、「ウクライナの復興」問題が前面に出てきた時、ドイツを中心としたEUの外交が英国に代わって主導的な役割を果たすのではないか。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。