ベトナム戦争に参戦した軍団体関係者は「民間人虐殺はなかった」と否定してきたが、ソウル教育長の教育資料によると、「戦争では韓国軍人らによる民間人虐殺があった。同時に、ベトナム戦争への派兵志願の最大の理由は金銭的なものだった」(朝鮮日報2020年6月30日)と記述されている。
同資料によると、「韓国軍による民間人虐殺事件が初めて問題となったのは1968年の『フォンニィ・フォンニャット村事件』だ。韓国軍は当時、虐殺はなかったと公式に否定したが、米国の資料館の文書管理所で2000年6月1日付で機密解除となった駐ベトナム米軍司令部調査報告書には、韓国軍による民間人虐殺に関する内容が写真と共に収録されていた」というのだ。
今回の裁判の原告の女性は「1968年2月に中部クアンナム省で韓国軍部隊により住民74人が殺された事件で、姉や叔母ら家族・親戚を失い、当時8歳だった自身も腹部を銃撃され重傷を負った」と主張。2020年に提訴していた。ソウル地裁は韓国軍による加害事実を認定し「明白な不法行為に当たる」と判断。「ゲリラ戦という特殊性から正当行為だった」と反論した政府側の主張を退けた。
興味深い点は、ソウル地裁の今回の判決に多くの関心が集まっていることだ。「聯合ニュース日本語版」では「人気の記事」で8日、トップだったし、「朝鮮日報」でもベスト10に入っていた。ベトナム戦争での韓国軍の蛮行は国民にとって忘れたいことだろうが、多くの韓国国民がそのニュースを読んだというのだ。
文大統領は在任中、2017年11月、2018年3月(国賓訪問)と2度ベトナムを訪問している。日本に対し謝罪要求を繰り返す文大統領だが、ベトナムでは「心の負債」を感じると吐露し、ベトナム国民に向かって「民間人殺害など」に対して謝罪を表明しているのだ。文大統領は別の機会では「韓国はベトナムに『心の借り』がある」と述べている。
ちなみに、文大統領のベトナム国民への「心の負債」という表現は文大統領が初めて使ったものではなく、盧武鉉元大統領が2004年、ベトナム・ホーチミン墓地で献花した後、「我が国民は『心の負債』がある。それだけにベトナムの成功を切実に望む」と話している。ただし、ベトナムへの韓国軍派遣の韓国側の謝罪表明は、金大中元大統領が2001年、チャン・ドゥック・ルオン主席(当時)の訪韓首脳会談の時に初めて表明したという。
ところで、文大統領はベトナムの民間人に対して「心の負債」を感じると表現したが、韓国兵士のベトナム人女性への性的蛮行やライダイハン(韓国兵とベトナム人女性の間で生まれた子供たち)問題については何も言及していない。「心の負債」という文学的な表現にとどめ、具体的に何が負債と感じているかは沈黙したわけだ(「文大統領、ベトナムに『心の負債』」2017年11月16日参考)。
時事電によると、今回の訴訟では韓国政府は、①ベトナムと韓国、米国との約定書などに基づき、ベトナム人が韓国の裁判所に提訴できないこと、②韓国軍が加害者であることを証明できず、ゲリラ戦で展開されたベトナム戦争の特性上、正当防衛だった、③韓国政府は数十年前の事件で、消滅時効が成立した、等と主張してきた。ソウル地裁はそれらの主張を却下して、原告の訴えを認めたわけだ。
今回のソウル地裁の判決を受け、ベトナム人の被害者家庭から同様の訴えが出てくることは必至だ。一方、韓国がこれまで感じてきたベトナム国民への「心の負債」「心の借り」は今回の判決で少しは軽減するかもしれない。ライダイハン問題にも光が当てられ、何らかの補償の道が開くことを期待したい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。