「自分の一貫して定まった見識を欠いていること」を「無定見」というが、岸田総理による一連の更迭劇を見るにつけ、この総理には憲法(この場合は19条と20条)に関する定見が欠けていると思わざるを得ない。本稿の結論を先に言うなら、同性婚容認には憲法の改正が要る、と総理は説くべきだ。
平成16年3月の憲法調査会「基本的人権の保障に関する調査小委員会」第2回会議の議事録が公開されている。インターネットの普及は、筆者のような市井の徒でも、何の苦も無くこうした記録に触れることができる時代をもたらした。
同会議に付された案件は、基本的人権の保障に関する件(特に、思想良心の自由、信教の自由・政教分離)で、参考人である野坂泰司学習院大学法学部長(当時)から次のような意見を聴取した後、質疑と委員間での自由討議が行われた。(太字は筆者)
1.思想・良心の自由
(1) 「思想」とは、一定の価値観に基づく体系的な思考や信念、いわゆる主義・主張、世界観、人生観などを指し、「良心」とは、事物や自己の行動の是非について判断する内心の作用を意味するとして、両者を一応区別することができるが、重要なのは、思想・良心の自由(より広い意味の思想の自由)が人間存在にとって根源的な自由だということである。(2) 省略
(3) 19条のように思想・良心の自由を信仰の自由から独立して規定した例はあまりないが、日本国憲法においては、信仰の自由や宗教的良心の自由については20条で保障されているのだとしても、19条からそれらの自由を排除すべき必然性はなく、19条において宗教的信条をも含めて、包括的に内面の思想の自由を保障したものと解すべきである。
(4) 思想・良心の自由を「侵してはならない」とは、人は内心においてどのような思想を抱こうと自由であり、国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないことを意味する。以下省略
2.信教の自由・政教分離原則
(1) 「信教の自由」の内容は、信仰の自由・宗教的行為の自由・宗教的結社の自由であり、思想の自由と並んで、人権宣言の中核をなす最も重要な人権である。(2) (3) 省略
(4) 信教の自由には、信仰の自由と信仰に基づく行為の自由とが含まれる。前者については、内心の自由として絶対的に保障され、信仰告白の強制や信仰(不信仰)を理由とする不利益賦課が禁止されるのは思想・良心の自由の場合と同様である。以下省略
岸田自民党総裁は、安倍テロ事件で俄かに表面化した旧統一教会(以下、「教団」)問題に関連して、自党議員が「教団」とその関連団体との関係を断つことを命じた。総理大臣としても同様のことを閣僚に課し、関連して山際大臣を更迭した。
文科省は昨年11月から、「教団」の解散命令を裁判所に請求すべきかどうかを判断するための質問権を「教団」に対して行使しており、目下はその3回目。つまり、山際氏更迭から5カ月を経過した現在でも、「教団」は文科大臣の認証を得た宗教法人なのに、そことの関係を断てという訳だ。
岸田総理のこの対応を筆者は、20条が保障する「信教の自由」を侵すものと思う。そこへ総理秘書官の更迭という事態が出来した。この間、3名の閣僚と杉田政務官が更迭されたが、杉田氏と今般の秘書官更迭は、19条の「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」に抵触しまいか。
杉田更迭は、彼女が民間人だった頃の「主義・主張、世界観、人生観など」に基づく発信が、国会で野党から追及されたことに起因する。総理は杉田氏から「行政に迷惑をかけることはできないため、辞任したい』という意向が示された」と述べるにとどまり、19条を盾に杉田を守ることはしなかった。
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