ところが、有罪判決確定後に、弁護人がXに接触することができ、Xから、以下のような供述が得られたのだ。
藤井氏が収賄、Aが贈賄で起訴された後に、名古屋地検に呼び出され、検察官の任意取調べを受けた際、「Aから、美濃加茂市長になる藤井という議員の接待や足代を渡すのに金がいると言われてAに50万円を貸したことがある」と話したところ、その後、再び、名古屋地検に呼び出され、検察官から「あなたが貸した50万円のうち20万円が藤井の銀行口座に入金されていることが確認できた。Aが、その前に藤井に贈った10万円の賄賂も、渡した翌日に、10万円がそのまま藤井の銀行口座に入金されているので、金の流れがすべて確認できた」などと話され、自分がAに貸した金を含め、30万円がAから藤井にわたったことを確信した。西中学校の浄水プラントの現場を見に行った際のやり取りについても、Aから藤井に30万円渡った前提で推測も含めて話したに過ぎず、中学校に行った際にAから30万円という金額の話が出た記憶はない。
X供述は、各現金授受に関する「A証言と金額も含めて整合しているなどと評価できる」ものでも、「Aの供述の信用性を質的に高める」ものでもない。それどころか、藤井氏の裁判で、Aが藤井氏に渡したとする「金の流れ」についての客観的な裏付けは全くなく、この点は、検察官も認めているのだ。そのことを弁護人から聞かされ、自分の供述が有罪の決め手になったと知って、Xは腰を抜かさんばかりに驚いていた。Xの供述は、検察官に騙されて引き出されたものだったわけである。
控訴審の判決が、有罪の理由としたX証言が、検察官に作り上げられたものであり、「後から作為して作り上げることのできない事実」でもなんでもなかったことが明らかになったので、そのXの新供述を、「無罪を言い渡すべき新証拠」として、今回の再審請求を行った。
ところが、今回の名古屋高裁の再審棄却決定では、X供述について、以下のように述べている。
Xは、検察官から読み聞かされた供述調書の内容に特に違うところはないと思い署名した、第1審公判証言時に自己の記憶に反する証言をしたわけではない、というのであって、検察官の発言から請求人が30万円を受け取ったことは間違いないだろうと思っていたからといって、直ちに第1審公判証言の信用性に影響するとはみられない。のみならず、平成25年8月の体験時から本件各陳述書の作成までに相当長期間が経過していることからすれば、その間に記憶が減退するのはむしろ当然のことといえる
Xは、検察官に騙されて、記憶にないことを証言させられたと言っており、もしその「騙し」がなかったら、Xがそういう証言をしていなかったと言っているのに、そのことには全く触れていない。Xは、検察官に騙されて、偽証と明確に認識することなく、客観的には記憶に基づかない証言をしたことが明らかになったのだが、それでも「公判証言の信用性に影響しない」というのだ。
これでは、「証言者が意図的に偽証をしたと認めなければ、再審をすべき新証拠とはならない」ということになる。もし、偽証したと認めたら、検察官に偽証罪で起訴される可能性もある。それを覚悟の上の供述でなければ、新証拠と認めないということなのだ。
今回の再審棄却決定は、証言に基づいて有罪が確定した事件の再審を開始するためには、その証言者が「偽証を自白」することが必要であるとしているので、再審に極めて高いハードルを設定しているということなのである。
贈賄者側の有罪判決が確定していることの収賄者側への影響もう一つ、アベマ番組の中で、司会者が、西弁護士に
Aは有罪が確定していますよね。同じ事件で有罪無罪が分かれることはあり得るんですか。
と質問したのに対して、
Aさんの裁判では藤井さんが有罪か無罪かは争われていない。証拠に基づいて裁判を行う以上、その人ごとに証拠が違ってしまうと結論が変わる。Aさんの裁判では藤井さんが有罪か無罪かは一切争われていない。有罪判決で藤井さんの名前は共犯者の名前としては上がってくるが、藤井さんの有罪無罪は藤井さんの裁判で決めましょうと思って審理している。
と説明している。
一般論としては、西弁護士の説明のとおりである。また、藤井氏も、その前にAの贈賄事件はAが全面的に認めて有罪判決が確定していたが、藤井氏の一審では無罪判決が出されたのであるから、共犯者の有罪判決が確定していることは、一審で無罪判決を得ることの支障にはならなかった。
贈収賄事件の場合、賄賂の授受があったという有罪判決と、授受がなかったいう無罪判決は完全に判断が相反する。そういう「相反する司法判断」が出ると、有罪判決については再審事由にもなる。そのために、確定した有罪の「司法判断」に反する無罪判決を確定させないようにする、という力が働いているように思える。
実際に過去の事例を調べてみると、30年余り前まで遡っても、贈賄事件での有罪判決の認定と正面から相反する収賄事件の無罪判断が確定した事例は見当たらない。賄賂の授受がなかったとして無罪判決が出された事例は、上訴審で覆されて、賄賂の授受が認定され、有罪が確定している。
1986年に東京地検特捜部が横手文雄衆議院議員を起訴した撚糸工連事件では、贈賄側の有罪が確定した後に、控訴審では、賄賂の授受自体が否定され、収賄側の横手議員に対して無罪判決が出されたが、検察官が上告し、上告審で控訴審判決が覆され、有罪となった。控訴審の事実認定を覆すために検察官上告というのは極めて異例で、認められる可能性は一般的には低いといえる。
ところが、この事件でも、「贈賄側の有罪が確定している事件で収賄側の無罪で確定することはない」という原則は崩れなかったのである。
贈賄側の事件が無罪判決を妨げる決定的な要因になるとすると、虚偽の贈賄供述で収賄の疑いをかけられた側にとって、最終的に無罪判決を獲得することは極めて困難ということになる。そのことは、「詐欺師」の贈賄供述で謂れのない収賄容疑をかけられた藤井氏の無実の訴えの前に「高い壁」となって立ちはだかったのである。