Orbisの報告書を作成したサイモン・イヴェネット氏はフランス語圏の日刊紙ル・タンに対し、「これは驚くべき結果だ。戦争の勃発以来、ロシアからの撤退を求めてきた政府やメディア、NGOからの圧力を、企業は巧みにかわしてきたことを示している」と述べた。同時に、地政学的な緊張が高まるなか、主要市場から撤退することが、企業にとって如何に難しいかという現実も浮き彫りになったわけだ。戦争が長引いて世論の圧力が弱まるにつれ、企業がロシアから集団撤退する兆しはほとんどなくなったという。

ロシア支店を閉鎖した企業はロシアでの経済活動による収益が大きくないケースが多い。Orbisによると、昨年11月までにロシア支社を売却した企業(計120社)が出す利益は、ロシアで活動する全企業の税引前利益合計の6.5%に過ぎない。逆に、農業や資源採掘など、収益性の高い分野の企業の撤退は少なかったという。簡単にいえば、ロシアで収益を上げていない企業は撤退し、儲けている企業は留まっているというわけだ。

次の情報は興味深い。企業の国別比較によると、米国企業の約18%がロシアから撤退した一方で、日本企業は約15%、EU企業に至っては8.3%しか撤退していない。イタリア企業は、撤退した企業よりも残留した企業の方が多い。欧米企業の政府の制裁順守の圧力が弱かったからだというわけではない。

ロシアに残った9割の企業が撤退しない理由としては、①多くの企業が制裁の対象外であること、②ロシアの顧客や従業員を見放せない(例えば医薬品は、人道的な理由から制裁の対象外)だ。ロシュやノバルティスといった製薬会社はロシアから撤退する計画はない、③事業の買い手探しが難航したり、事業売却がロシア当局によって阻止されたりしたケース、等々が挙げられている。

ロシアのウクライナ侵攻開始直後の数週間、多くの多国籍企業がロシアからの撤退を表明した。「企業がロシアに留まることについて、倫理的に正当化できる理由は見当たらない」といわれた。しかし、多額の資金を投入し、何百人もの従業員を抱える企業が「制裁だから」と言って営業活動を停止し、ロシアを離れることはできない。もちろん、ロシア当局は、残された資産の没収を可能にする法律を施行する計画といわれれば、閉鎖もできない。

例えば、時計製造のスウォッチはロシア撤退の予定はないという。スウォッチの広報担当者はSRFに対し「この悲惨な戦争が終わることを今も望んでいる。(スウォッチが100%所有する)支店は引き続き営業し、従業員も残留している」と述べている。

ウクライナのゼレンスキー大統領は昨年3月、スイスの食品大手ネスレ(Nestle)について、ベルンでのデモにオンライン参加して、「ウクライナで子供たちが死に、都市が破壊されてもロシアでビジネスを続行している」と述べている。企業に関わる者にとって、厳しい批判だ。

戦争と経済、そして企業の倫理問題、その狭間にあって多くの西側企業は口にこそ出さないが、苦しい選択を強いられているわけだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。