たとえば移民政策。世界でも最高レベルの人口の1.5%を毎年移民として受け入れるとしています。人数にして毎年45万人規模で2025年目標は50万人です。これはアメリカの移民受け入れ数と大差ないのです。ですが、アメリカはカナダの人口の10倍いるので労働力も処理能力も10倍あるのです。どうみても物理的に処理が追いつかないのです。最近は国家安全保障問題が重視されており、移民申請者のバックグラウンド調査などプロセスは複雑になっています。
これは思わぬとばっちりを受けます。例えば、私は移民権者ですので5年に一度移民カードの更新があります。ちょうど今、更新の時期なので更新の書類を送付済みですが、更新手続きは3か月以上かかりそうです。私の今のカードは4月に失効するのでそうなるとそれ以降更新ができるまで国外に原則一歩も出られなくなるのです。日本なら相当声が上がるでしょう。つまり、無理な話でも政治家は実績をアピールし、実務を役人に押し付けるのです。
政治のポピュリズムは不変テーマです。例えば岸田首相が無理やり成立させた旧統一教会被害者救済法法案。この法案の話が初めて出た時、担当の役人は出来ないと拒否しました。理由は担当部署が少人数部隊で短期間で法案を詰めるような実行能力がないから、とされました。しかし、政治家主導で法案が成立しましたが、ザル法に近く実質的に役に立たないと批判されます。が当の岸田首相は「俺の功績がまた一つできた」と思っているはずです。この辺りの温度差が最近特にひどくなっている気がするのです。
政治家は職業政治家として当選し続けることだけが主眼になっています。細田衆議院議長が統一教会の件を絶対にしゃべらないのは自分の職業を守るためです。有権者を失望させることはひた隠しにするしかないのです。アメリカにもいます。民主党のサントス議員。履歴詐称ほか嘘で固めた様な議員です。さすが、身内もかばいきれなくなっていますが、党としては彼を辞めさせれば民主党の議席を一つ失うかもしれないのでそこまで踏み切れない、つまり、空に向かって唾を吐くようなことはできないのです。
近年で個人的にもっとも酷かったと思われた政治家主導の決議が脱炭素絡みの目標設定です。主要国はバナナのたたき売り状態で「我が国は〇年までに〇%削減する」「そちらがそうならうちは〇%にする」と言ったアナウンスが続きました。我が国もその一つです。菅元首相の発表に理論的積み上げなどありません。「これぐらいできるだろう」という浪花節。ところがそれから数年経った今、さまざまな問題が生じ、脱炭素は実務レベルでは進むものの政治家レベルで声を上げる人はいません。理由はそれが政治家としてのリスクになるからです。酷いものです。
われわれ有権者は政治家と実務を担う役人を区別して見なくてはいけないと思います。できない公約や法律は政治家の偽善的な振る舞いだということを冷静沈着に判断すべき時代だと思います。もっとも役人の発想や実行能力にも大きな声が上がりそうですが。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年2月3日の記事より転載させていただきました。