私はこれはギミック(手品)だと考えています。例えば時給800円だった人が1000円になったとします。この200円の差はその労働者の能力が上がった部分もありますが、実質的には基準値が上がった部分が大きいのです。最低時給がどんどん上がるのはベースアップですよね。そう、大規模金融緩和がもたらしたのは「壮大なる底上げ」であって生産性や成長性を刺激するわけではないのです。

間接的には企業が資金を借りやすくなりますが、良いものが出来て価格が下がるという時代ではありません。むしろ、お金があるのでインフレが生じるのです。これは経済の価値は貨幣量で決まるからです。今まで100円だったものが大規模金融緩和で貨幣量が2倍になれば他の与件が変わらない限り、単純には200円になるのです。

もう一つは今のように金利を引き上げたところで企業や個人の財が突然消えてなくなるわけではないということです。マネーの動きを鈍化させるだけのフロー(資金流動性)のコントロールでしかないのです。つまり、アセット(資産)の部分は大きいままなのです。

するとマネーは常に安全成長できるストック(貯留)できるところを探し求め、また景気が良くなればフローの時代が訪れ、様々な買収劇や直接投資が急増することを繰り返します。とすれば、一度でも大規模金融緩和をすれば底上げ効果でインフレになりやすい体質が生じ、それを元に戻すことはじゃぶじゃぶのマネーの元栓を抜いてどこかに流して消してしまう以外にほぼ不可能なのです。

日本の場合はこれだけ大規模緩和したのに日銀の趣旨に反してマネーのフローは活発化しませんでした。どこに行ったか、といえば企業が貯め込んだのです。それまで銀行から借りていたお金は銀行不信もあってしっかり内部留保させ、投資もなるべく自分の手持ちの範囲で行います。また、北米と違い、給与増額には躊躇をしました。理由は日本の労働者は優秀で我慢強く、仮に辞められても似たようなレベルの労働者が見つかりやすいからです。北米は次がいないので給与で釣り上げるしかないのです。

インフレで金利が上がれば困る業種もあるだろう、という反論はあるでしょう。その典型が不動産事業です。バンクーバーやトロントの街中の建設中の不動産物件は本当に売れているのかと言えば売れ残っているかもしれません。ですが、デベロッパーは困らないのです。理由は売れるまで賃貸で貸せばよいからです。100㎡で月40-50万円の賃料なら瞬間蒸発するので金利が高い間、賃貸で廻し、再び不動産市況が回復して分譲すればいくらでも稼げるのです。これができるのはデベロッパーの懐も分厚いからだとも言えます。

この論理は一種の雪だるま論理で理にかなっていないところもあり、いつかは崩壊するのかもしれません。が、トリクルダウンではないですが、人の富が全ての人に行きつくには相当の時間がかかります。その間、太る人は太り、やせ細っていた人が少しふっくらするというのが私の見るインフレ恒常化の行く末であります。つまり富の分配は公平な比率で分配すればするほど格差は広がるのです。

例えば給与30万円の人が5%ベースアップすれば1万5千円。給与300万円の人は同じ5%でも15万円なのです。公平に分配していますが、格差は開く一方なのです。自明です。

日本は企業がケチすぎます。投資先を見つけられないだらしない会社はそもそも存在価値がない訳で従業員や株主に内部留保をばら撒くべきでしょう。アメリカの物言う株主のスタンスはそういう観点でもあるのです。底上げを30年間も怠ってきたから経済的にどんどん追い抜かれていくわけですね。やや高めのインフレが恒常化すればするほど、格差もより広がりやすいですが、労働市場を刺激するというプラスの面もあるはずです。なんでも悪いわけじゃないと思います。

では今日はこのぐらいで。

編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年2月1日の記事より転載させていただきました。