日本は湾岸戦争で米国に次いで多くのクウェートを財政支援したが、クウェート政府の感謝広告には貢献国として日本の名が記載されていなかったことがあった。日本外務省は当時、大きなショックを受けた。日本はその後も同じような苦い経験を重ねてきた。日本と同様、第2次世界大戦の敗戦国ドイツでは今、「わが国は他の国に負けないほどウクライナに支援してきたのに……」といった嘆き節が聞かれるのだ。

ドイツは戦後、急速に経済復興し、世界の経済大国となったが、安保問題では常に慎重なスタンスを維持してきた。ウクライ支援でも他の欧州諸国に先だってウクライナに主用戦車を供与することに強い抵抗がある。ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪問題は戦後のドイツ政権のトラウマとなっているといわれる。だから、ドイツは武器供与問題では単独では決定しない、という原則が生まれてくるわけだ。

換言すれば、ショルツ首相にはレオパルト2をウクライナに供与する為に「外圧」が必要となるわけだ。米国や英国、フランスが主用攻撃用戦車をウクライナに供与するなら、ドイツは即レオパルト2をウクライに提供できる。ドイツはレオパルト供与に反対しているのではなく、同盟国と一緒に決定する時を待っているわけだ。

ショルツ首相にとってそれだけではない。2021年の連邦議会選でSPDは「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)を破って第1党に飛躍して政権を担う道が開かれた。同時に、SPD内に左派グループが勢力を拡大した。その結果、ショルツ首相は武器関連問題に強い抵抗がある党内左派勢力の意向を無視できないのだ。

ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4つあるターミナルの一つの株を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行った。同決定に対し、「中国国有企業の買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内で聞かれた。「緑の党」やFDPは対中国政策で厳しい規制を要求したが、最終決定はショルツ首相に一任され、取引は成立した。状況は今回のウクライナへのレオパルト供与問題と似ている。「緑の党」とFDPが供与を支持、SPDが供与に躊躇しているといった構図だ。ショルツ首相はSPD内の左派勢力からの「内圧」を無視できないのだ。

まとめると、ショルツ首相は安保問題では「外圧」を必要とし、対中、対ロシアとの関係では「内圧」を無視できない。その結果、ショルツ首相は大きな代価を払うことになる。リーダーシップを発揮するチャンスを自ら葬っているのだ。

2021年12月に発足したドイツ初の3党連立政権はその連立協定の「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目で、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」と強調したが、レオパルト供与問題を見る限りでは、ドイツの外交の強みはまだ発揮されていないのだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。