山中因子は化学的修飾の位置をリセットして若返りを起こす
ランダム化してしまった化学的修飾の位置を戻せば、若返りが起こるのか?
謎を確かめるため研究者たちは無害化したウイルスの遺伝子に山中因子を組み込んでマウスに感染させ、マウスの細胞内部で山中因子を強制的に生産させてみました。
これまでの研究により、遺伝子操作によって山中因子を大人になってから生産するようになったマウスは、いくつかの老化症状が緩和されることが知られていたからです。
山中因子は皮膚細胞など体の細胞を万能性をもった幹細胞に変化させる効果がある4つの遺伝子「Oct3/4、Sox2、Klf4、C-Myc」であり、発見者となった京都大学の山中伸弥教授は2013年のノーベル賞を受賞しています。
(※今回の研究ではその山中因子のうちOct4、Sox2、Klf4の3つが使われました)
すると驚くべきことに、マウスの筋肉、腎臓、網膜などの組織でみられていた老化症状が逆転していることが判明します。
また若返りが起きたマウスで化学的修飾の位置を調べてみると、ランダム化していたのものが若いマウスにみられるパターンに移行していることが判明。
この結果は、DNA修復にともなって劣化した化学的修飾のパターンが、山中因子の存在によって若い状態に修復されていたことを示します。
通常、化学的修飾の位置のリセットは、胚の状態でしか起こりません。
しかし強制的に山中因子を発現させた結果、大人のマウスの細胞でも化学的修飾の位置のリセットがかかり、結果として若返りが起きていたのです。
(※年老いた両親から若い赤ちゃんがうまれてくるのは、胚の時期に行われる化学的修飾の位置がリセットされるからだと考えられています。またリセットによって新たに化学的修飾が行われる位置は遺伝子の内部にコード化されて存在していると考えられます)
研究者たちは、この発見によって動物の年齢を自由に前後させることが可能になっただけでなく、将来的には人間の若返りも可能になると述べています。
しかしそうなると気になるのが寿命です。
寿命が変わらなくてもずっと若々しい状態でいられるのは確かに大きなメリットとなりますが、本当に若返りを起こしているならば寿命も延びているハズです。
山中因子を投与されたマウスは平均余命が2倍になる

若返りによって寿命も延長されるのか?
「Rejuvenate Bio」社が行った2つ目の研究では、山中因子を使った寿命延長効果が検証されました。
調査にあたってはまず124週齢(2.4歳)の老齢マウスが用意され、1つ目の研究と同じく山中因子のうちのOct4、Sox2、Klf4の3つが無害なウイルスを使って投与されました。
マウスの平均寿命は2.5年ほどであるため、実験に使われたマウスたちはほぼ平均寿命に達していると言えるでしょう。
研究では山中因子がこの老齢マウスたちの残りの寿命を延長する効果があるかどうかが測定されました。
結果、対象群となったマウスたちの平均余命が9週間であったのに対し、山中因子を投与されたマウスたちの平均余命は18週間と約2倍に延長されていることが判明します。
またDNAの化学的修飾パターンを調べたところ、大きく変化していることも判明しました。
これまでの研究により、山中因子ががんを促進するという報告がいくつか得られています。
しかし同社が行った研究では、山中因子を与えられたマウスたちに明らかな悪影響はみられませんでした。
現在、ハーバード大学およびRejuvenate Bio社の研究チームはどちらも、臨床に向けた研究を進めているようです。
1つ目の研究を主導したハーバード大学のシンクレア氏は、老化を逆転させることができれば、心血管疾患・2型糖尿病・アルツハイマー病などの諸症状を同時に排除することが可能であると述べています。
シンクレア氏によれば、これら諸症状は現在別々の薬によって治療されているものの、どれも本質は老化症状が現れたものであるため、若返りを可能にする薬が開発されれば同時治療が可能になるとのこと。
もし近い将来、薬局で「若さ」を処方できるようになれば、人類の健康は大きく改善するでしょう。
参考文献
Loss of Epigenetic Information Can Drive Aging, Restoration Can Reverse It
元論文
Loss of epigenetic information as a cause of mammalian aging
Gene Therapy Mediated Partial Reprogramming Extends Lifespan and Reverses Age-Related Changes in Aged Mice