民主党は自党の院内総務ハキーム・ジェフリーズ議員を議長候補に立てたが、これまた投票数が半数には達せず、落選となった。
下院の規則では議長はその得票が全体投票の過半数を得る候補が出るまで繰り返し実施される。このため1月4日から6日深夜まで合計13回の再投票が続いた。だが共和党側ではなおマッカーシー議員への反対票が出て、決着が着かなかった。しかし7日の未明、当初から数えて第15回目の投票でやっと造反者の数が減り、マッカーシー議員の議長当選が決まった。
この間、共和党の造反議員たちも誰1人として民主党候補には票を投じなかった。この点は今回の共和党内の造反騒ぎを読む際に、重要なポイントである。222人の共和党議員たちは同じ党内の指導者へのノーを一時的に突きつけても、民主党側になびくという人は皆無だったのだ。
ではなぜ造反だったのか。
主流派のマッカーシー議員に当初、難色を示したフリーダム・コーカスは共和党内でも最も保守色が濃く、最もドナルド・トランプ前大統領に近い議員たちの集団である。だからこの集団の反バイデン政権、反民主党という政治姿勢は最も強固だといえる。この集団がマッカーシー議員はまだ十分に保守ではない、十分に反バイデン政権ではない、という不満をぶつけたことが今回の造反の最大要因だったのだ。
ところがそのマッカーシー議員も実はトランプ前大統領には近い。トランプ政権の反リベラル政策、反民主党政策にはすべて同調し、トランプ氏の「2020年の大統領選挙は不正だった」という主張にも同意してきたのだ。そんなマッカーシー議員でさえも同じ共和党内の他の集団からは「十分に保守的ではない」と非難されたのだ。そしてその集団もマッカーシー議員の議長就任には14回も反対しながら、民主党の議長候補にはただの1票も、1回も支援しなかったのだ。
しかもフリーダム・コーカスの議員たちはマッカーシー議員が議長になれば、保守色のより強い政策をとり、バイデン政権への攻撃を強めるという言質を取り付けたうえで、それまでの反対を引っ込めたのである。だからこの騒ぎは下院共和党内の保守志向や民主党糾弾の傾向を強め、トランプ前大統領への支持をも再確認した、という総括ができるのだ。
しかし日本の大手新聞などはこの議長選出の混乱に対して「共和党内の分裂」とか「共和党内の政策不一致」をより広げる、というような見方を述べている。ワシントンでの現実とは異なる認識だといえる。
ではアメリカ議会の上院の動向を眺めてみよう。
上院では2022年11月の中間選挙で民主党はかろうじて多数派を保った。だがその後、新会期の間際にアリゾナ州選出のカーステン・シネマ議員が民主党を離党するという造反が起きて同党首脳を動揺させた。
この結果、上院では民主党50、共和党49、無所属1という議席の構成となり、民主党はなお多数派の座にあるものの、シネマ議員はこれまでにも造反の実績があり、民主党にとって上院の運営も複雑な要素が増すこととなったのである。
シネマ議員の離党はいまのアメリカ立法府での民主、共和両党の政策の激突だけでなく両党内の揺れをも象徴したといえそうだ。
アメリカ南西部アリゾナ州で史上初の女性の上院議員となったシネマ氏は2012年から連邦議会下院に三選、18年に上院選で当選した。現在46歳だが、政治歴は長く、州議員としても活動した。連邦議会では一貫して民主党所属だった。
シネマ議員は連邦議会では初めてに近い同性愛宣言者でLBGT(性的少数派)の権利保護にも動いた。だが政府支出の規模や税制、企業対策などでは民主党リベラル派のバイデン政権の「大きな政府」策に反対する保守傾向を示すことが少なくなかった。
同議員は民主党内保守派のジョー・マンチン議員と連携し、上院での少数派の権利とされるフィリバスタ―(長演説での議事妨害)制の廃止を求める民主党の提案や増税案にはっきり反対してきた。バイデン政権の不法入国者対策やインフラ整備の法案にも難色を示した。その結果、民主党内のリベラル派からは厳しく糾弾されるようになった。