(本記事は、野木 志郎氏の著書『日本の小さなパンツ屋が世界の一流に愛される理由』=あさ出版、2019年1月20日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
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ペンと箸の持ち方から人間関係がはじまる
「いてもいなくてもいい社員」
私が人生で一番尊敬する師は、まだ包帯パンツを作るずっと前、大阪に本社のある通販会社・千趣会勤務時代の職場の上司である西守進さんです。私は西守さんのおかげでまっとうな人格形成ができましたし、西守さんから人間関係のイロハをすべて学びました。
そもそも私は、千趣会に「いてもいなくてもいい人間」として中途入社しました。これは入社後に聞いた話ですが、本当は私ではない別の人を中途でひとりしか採用しないはずだったそうです。ところが、私が最終面接で社長とちょっとした言い合いで喧嘩してしまった(笑)ことから、社長の「俺に喧嘩売る根性ある奴ははじめてやから、とりあえずどっか放り込んどけ」の一声で、私も採用となってしまったらしいのです。
採用されたもうひとりの人は千趣会でも花形のカタログ事業部に配属されましたが、私は頒布会事業部という部署に、文字通り〝放り込まれ〞ました。
ここは、こけしの頒布事業からはじまった千趣会の伝統ある事業部で、全国から経験豊富な猛者が集まっている仕入のプロ集団。素人がすぐできるような仕事は何ひとつない。しかも予定のない採用ですから、当然私に仕事なんて用意されていません。
毎日出社してやることと言えば、課長から「君、これ読んで覚えときなさい」と渡された分厚い「商品大事典」をひたすら読むことくらい。
千趣会は扱う商品カテゴリがとにかく多いので、アホみたいに分厚い本。退屈ですぐ眠くなるし、たった5分経つのが本当に長い。一日の半分をうたた寝しているような日々でした。
それを見るに見かねて手を差し伸べてくれたのが、同じ部署の上司・西守さんだったのです。西守さんはもともと世界文化社が発行する「家庭画報」という雑誌の編集者で、以前は千趣会の東京オフィスで出版を担当する部署にいた方ですが、組合活動を激しくやりすぎて大阪に転勤してきたというツワモノ。その西守さんが課長に「野木にこんなことさせてたら生殺しだ。俺が育てる」と言ってくれたのでした。
「またこの人と食事したい!」と思ってもらうには
西守さんが最初に教えてくれたのは、なんとペンの持ち方でした。ペンの持ち方って……、小学生ちゃうで……ほんまに。
私はそれまで、ペンを握り込むような形で握っていたのですが、西守さんは「そんな持ち方では相手を不快にさせるし、商談中そっちに目が行ってしまう。この人、親にきちんと育てられてないなと思われるから、かっこ悪いだろう。正しい持ち方にしなさい」と私に言いました。
商品知識をつけるとか、交渉術を学ぶとか、企画力をつけるとか、そんなこと以前の話。ほんまに小学1年生並みです。しかし、そういう小さな小さな違和感で、人は相手に心を許さなかったり、距離を置いたり、もう一歩のところで懐に入ってきてくれなかったりするもの。西守さんはそれを知っていたのです。
さらに西守さんは、私の箸の持ち方にもダメ出ししてきました。理由はペンと同じで、商談相手との会食中、相手に少しでも嫌な思いをさせないことと、きちんと最低限の教育を受けているという印象を相手に持たせるため。
ダメ出しされた私は、西守さんの指示で大豆と塗り箸を買い込み、会社の机で毎日のように箸で大豆をつまむ練習をしはじめました。しばらくの間、他の社員から「お前何やってんねん!?」「事典の次は豆か‼」と突っ込まれましたが……。
西守さんは「家庭画報」でたくさんの取材に赴いており、ちゃんとした場所での食事にも慣れていましたから、食事マナーに関してはかなり厳しい方でした。なかでも印象に残っているのが、食べる「スピード」です。
ある時、浜松に商用があり、昼飯で私や西守さんを含む5、6人のグループでうなぎ屋に入ったことがあります。
たしか、うなぎのコース料理でした。私はものすごく腹が減っていたので、出てきた途端にがっつき、すぐにたいらげてしまいました。そして、満足してタバコに火をつけようとすると、西守さんが私を制止して「待ちなさい!」と一言。
食事中にタバコの煙が迷惑だからやめろ……という話ではありません。後で西守さんに、こう言われました。
「君は相手に食事を急がせるのか? 君が先に食べ終わってしまったら、他の人は君が『皆が食べ終わるのを待っている』ように見える。すると相手は君を待たせるまいと、急いで食べようとするだろう。それじゃあ、相手は全然食事を楽しめない。会食の際は必ず相手の食べるスピードに合わせろ」
なんとなく、あの人と食事するとリラックスできないんだよなあ……という人は、もしかすると、その人の食事の所作に落ち着きがなかったり、食事を楽しむという気持ちが感じられないからなのかもしれません。
「なんだか、この人とご飯を食べるのは気持ちいいなあ、またご一緒したいなあ」と思わせるのに、箸の持ち方や食べるスピードは、巧みなトークと同じくらい大事だということです。
西守さんからは、他にも魚の食べ方をはじめとした食事マナーを叩き込まれました。私はその後、「食事」をきっかけにさまざまな人と出会い、つながっていきましたが、それもこれも、26歳の時にこうして身につけた食事マナーのおかげ。西守さんさまさまなのです。
知っていても知らないフリがちょうどいい
知ったかぶりはほんまに厳禁
西守さんには「知ったかぶりは絶対するな。知っていても、知らないフリで聞くくらいがちょうどいい」とも教わりました。これは私にだけではなく、会社のいろいろな人にも言っていたのを覚えています。
たとえば、熟練の職人さんなどが集う工場を訪問したり、特定分野のプロと意見を交わす会議のような時。まずは事前に、その分野について自分なりに限界まで勉強する。予習をするのです。そして、自分なりの疑問点をまとめて(質問を用意して)おきます。そのうえで、あえて「自分はズブの素人だ」という気持ちを持って、あれこれ聞く。すると、その道に詳しい人が「いい質問だ」と思えるような、的を射た質問ができると同時に、予習でわからなかった疑問点も解消でき、勉強になる。まさに一石二鳥というわけです。
たとえば、皆さんは陶磁器を焼く「登り窯」というものをご存知でしょうか。斜面に連続的に複数の窯がつながっている形態の窯で、高温の燃焼ガスを窯内に対流させることにより焼きを行います。
私は千趣会時代にある窯を訪れた時、そこの職人さんに「この窯の雰囲気と、この窯の雰囲気の違いは……」といった質問をしたのを覚えています。
なんのこっちゃですよね。窯業における「雰囲気」とは、窯内部の空気の状態のことを指すのです。温度はもちろんのこと、窯内の(陶磁器に焼き上がる前の)粘土の並べ方によっても対流の具合が変わってくる。それらを総称して「雰囲気」と呼ぶのです。
……ということを、私は事前に西守さんに聞いて、頭に入れておいたのでした。
闇雲に聞いても意味がない
付け焼き刃の勉強であってもいいのです。
ただ、勉強に時間をかければかけただけ、その分野にとって一番のポイントがどこかがわかってきます。その分野の初心者が最初にぶち当たる壁はどこか?そこを質問すれば、その分野のプロは喜々として説明してくれます。窯の職人さんも、「雰囲気」という言葉を使って質問した私に対して、とても丁寧に説明してくれました。
「専門家ヅラしたって相手は何も嬉しくないぞ。相手の心をくすぐるような質問をどんどんしろ。そうしたらきっとお前のことを気に入ってくれる」西守さんはそう教えてくれました。
もし何も勉強しないでその場に挑んでいたら、的が外れた質問しかできないばかりか、相手の説明もまったく頭に入ってこないでしょう。耳から入った専門用語は、そのまま反対側の耳からスルーッとすり抜けていくだけです。まさに素通り、馬の耳に念仏状態です。
しかし、事前の勉強で前もってその用語が一回でも頭を通っていれば、ちゃんと捉えることができます。頭をスルーすることはありません。
「聞く力」という言葉がありますが、なんでもかんでも闇雲に「それはなんですか?」と聞けばいいというものではないのです。聞くべきポイントというものがあります。そのポイントを射止められるかどうかは、結局のところ質問者の知識量とセンスにかかってくるわけです。
野木志郎
1960 年、大阪府高槻市生まれ。立命館大学法学部法学科卒業。1987年株式会社千趣会入社。紅茶、出版物、音楽CD、磁器、プラスチック製品等々の仕入れや、モデル「SHIHO」単独のファッションカタログをプロデュースするなど、新商品、新規事業を中心に担当する。2002 年に千趣会を辞め、父親の会社「ユニオン野木」に入社。その後「包帯パンツ」を開発し、2006年にログイン株式会社を設立して独立する。人と同じことをするのが大の苦手で、2008 年にプリントのかわいいパンツが流行する中、戦国武将をイメージしてデザインした包帯パンツ「甲冑パンツ」を原宿の東郷神社にて発表。このことがきっかけで全国の新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどあらゆるメディアに合計500 回を超える取材を受けるほど注目を集める。包帯パンツは2019年1月現在、世界で130 万枚を売上げ、世界的なシェフ・松久信幸(NOBU)氏やロバート・デ・ニーロ氏など、国内外の著名人にも多くのファンを持つ。
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