2.4. ネットゼロに関して必要な他の事項
ネットゼロを進めるためには、エネルギー・インフラだけでなく住宅や建築物での種々の改良が必要になる。
例えば、英国には2200万の家庭でセントラルヒーティングを行っており、少なくとも2600万個のガスボイラーが設置されている。これを電動式の「ヒートポンプ」に換えてネットゼロの足しにしようとすると、コスト負担が大きくなる。現状、英国でヒートポンプを設置するのに、1基1〜2万ポンドかかる(コストはサイズや設置場所によって変わる)。多くの家庭ではその負担に耐えられないだろう。
また、ヒートポンプでは、ガスボイラーのように熱湯をすぐには供給できないし、熱湯を供給するにはお湯を溜めておくタンクも必要になる。熱力学的に言えば、ヒートポンプではガスボイラーのような大きな温度差を作れないので、加熱冷却ともに時間がかかることは避けられない。従って、断熱・貯留その他の付帯設備費用がどうしても高くなる傾向がある(ヒートポンプ給湯器の参考資料を示す)。住宅の断熱化も重要な課題だが、問題はやはりコスト負担である。
その他、交通・エネルギーネットワーク・農業における温室効果ガスの排出などについても本論文では触れているが、ここでは省略する(交通関連は第3節で詳説する)。
2.5. 全世界的な温室効果ガスの減少はどの程度見込めるのか?前稿でも触れたように、本論文では化石燃料分(489.7EJ)の60%(=293.8EJ)を、CO2フリーのエネルギーで代替するための電力設備容量を9320GWとし、これを設備稼働率40%の風力+太陽発電で賄うには23300GWが必要で、これは現状の全世界風力+太陽発電容量の28倍に当たるとした(筆者から見て、これらの数字に幾つか疑問点はあるが)。
これまで述べたように、この達成には、社会の様々な面で大きな変革が必要であり、大きな困難を伴う。特に、化石燃料の消費により経済発展を図るつもりだった発展途上国には強い規制がかかる(とされる)。
しかし実際には、必ずしもそう(=化石燃料消費の減少)はなっていない。例えば2021年11月にグラスゴーで開かれたCOP26では、石炭の「フェーズアウト(段階的廃止)」を採択しようとしたが、多くの国々がその文言を受け入れなかった。
例えばインドは大きな石炭資源を持っており、風力+太陽も増やすつもりであるが、石炭の消費もやめない。たとえ、供給エネルギー中の構成比率が低下するとしても、全体のエネルギー消費量が増え続けるので、石炭消費量も絶対値としては増え続ける。実際、インドの石炭生産は2022年3月までに8.6%増えて7億7720万トンになった。同様に、中国でも2022年の石炭生産は増え続けて前年を越えると見込まれている。
※ 筆者注:2022年の世界の石炭消費量は、1.2%増えて初めて80億トンを越えた。消費が圧倒的に多いのは中国で、以下2位インド、3位米国、4位日本である。
中国での風力+太陽のエネルギー供給は2021年に3.54EJで2019年の2.27EJより56%増えている。しかし同じ時期に、化石燃料消費も8.47%増えている。同様に、インドでも風力+太陽は24%増えているが、化石燃料消費も2.4%増えている。サウジその他の産油国は、しばらくの間、強気の姿勢を保てることになる。
従って、温室効果ガスを排出削減しようとしても、世界規模で見ると問題のスケールが大きすぎて容易には進まず、2050年はおろか2070年まででもその達成は困難だろう。故に、化石燃料の燃焼は2050年を過ぎても世界のエネルギー供給の主力であり続けるので、効率的に使うための改良・技術開発は続けなければならない、と本論文の著者は言う。