ノンアルコール産業のパラダイムシフト
そんな八方塞がりの中、イギリスの新興企業が全く別の方法でノンアルコールへアプローチしました。
その方法とは、水に様々なハーブやスパイスをつけこみ蒸留を行うことで、スピリッツのような味わいのノンアルコールを生み出すことでした。
つまり、これまではまずお酒を醸造しアルコールを抜くという引き算的発想であったのに対して、ノンアルコールをベースにした液体にハーブやスパイスなどの素材をつけこむことで足し算的発想のもとアルコールのような味わい香りに近づけていくという逆転の発想でした。
お酒の強みを豊かな香りと複雑な味わいという2点に置くのであれば、この手法はまさに理にかなっており、使用する素材の種類と量、組み合わせを変えることで、ノンアルコールにも無限の可能性を与えました。
技術的な革新性はないものの、発想を転換させることで新しい市場を生み出すことに成功した好例と言えるのではないでしょうか。
彼らはしばしば自分たちの商品をノンアルコール○○とは呼ばず、「もう1つの選択肢」を意味する「オルタナティブ / alternative」という言葉を使い、新たなオルタナティブアルコール市場を開拓しました。
彼らのもう1つの功績は、お酒から造る必要のない、資本力を創意工夫によって乗り越えるとも言える、この手法によって、新しいノンアルコールビジネスの可能性をベンチャー企業へ開いたことにあります。
つまり、彼らは先ほど挙げた技術的問題と構造的問題の双方を同時に解決する手段を期せずして見出したことになります。
お酒業界からの熱い視線
このオルタナティブアルコールの登場は市場を一変させ、それまでノンアルコールを扱うことのなかった世界的な酒類メーカーがこぞって巨額な投資を始めるようになりました。
この流れに大手ビール企業もノンアルコール飲料の製造に本格的に取り組むようになり、世界的なビール企業が自社の商品ポートフォリオをロー・ノンアルコールに組み替えていくことを宣言したり、有名酒類ブランドが立て続けにノンアルコール商品を投入したといったことが起きました。
日本でのノンアルコール市場の未来
日本でもノンアルコールが騒がれ始めたのは、世界的にノンアルコールが進化を遂げそれが日本にも拡がってきているからだったのかと、読者のみなさまが膝を打ってくださっているとありがたいのですが、もう1つお伝えすべき大事なことがあります。
それは、今見てきたような世界的なノンアルコールのトレンドは、まだ小波程度にしか日本に届いていないということです。
日本にも世界的なノンアルコール飲料の大きな波が届く日が数年内には訪れるでしょう。その時こそ日本のノンアルコール市場ひいては飲料市場全体がパラダイムシフトを起こすことになるはずです。
日本の飲料市場の新時代をぜひお楽しみください。
<著者プロフィール>
安藤裕
株式会社アルト・アルコ代表取締役
大学在学時に渡仏、以降ワインの業界で経験を積み、2018年同社起業。著書に『ノンアルコールドリンクの発想と組み立て』(誠文堂新光社)。