日本と同じ地震と火山大国チリには、富士山にそっくりなオソルノ山という火山があります。今回はオソルノ山が良く見える湖畔にある観光地プエルトバラスについて書いてみたいと思います。

目次
ドイツ人移住者がつくった街
特徴的な建築物

ドイツ人移住者がつくった街

南部チリには19世紀、ドイツからの移民が多く移り住みました。前回紹介した「バルディビア」もビールを始めドイツの影響が見られますが、それが特に顕著なのが、今回のトピックである「プエルトバラス」という街です。

観光案内所でもらったパンフレットによると「南部地方の発展と統治(原住民がたくさん住んでいた為)を目的に1845年移民法が作られ、その後1853年に最初のドイツ人のグループがジャンキウエ湖のほとりに到着した。その後19世紀末までに家が増え続け1897年10月30日に政府に一つの村として認められプエルトバラスが誕生した」と書いてあります。

私が最初にこの街に遊びに行ったのは青年海外協力隊員だった2008年の大みそかで、周辺のトレッキングを楽しみ、街に帰ってきたら、街はお祭りムード。街の広場で行われた新年を祝う無料クラシックコンサートと花火がとても見事だったのが印象的でした。1年半が過ぎた協力隊生活で初めてクラシック音楽を聞いて「さすがドイツ移民の街だなー」と思ったのと、しかし街は小さくてドイツのお菓子が売ってるかわいい喫茶店があった、くらいしか記憶になかったのですが、約15年経って、最近行ってみたら街はおしゃれに発展しとても魅力的になっていました。

特徴的な建築物

この街の見どころは、湖畔に見えるオソルノ山と古い家並み。

このエリアの特徴的な建物は木造で、外壁も木の板を張り合わせて魚のうろこのような作りになっていることです。

チリ富士が見える街 Puerto varas(プエルトバラス)
(画像=『たびこふれ』より 引用)

主に使われた木はAlerceという日本語では「チリひのき」とも「パタゴニアヒバ」とも訳される木で、その周辺には昔Alerceの森がありました。Alerceの樹齢は長いもので3000年を超え巨木となり、木材としては軽くて耐久性に優れ、水にも強いので20世紀に入って伐採が進んでしまいました。今Alerceの森は残っておらず、国立公園の中に小さいAlerceが点在するのみになっています。

このような築100年を超える木造の建物が現在も現役で使われており、街のあちこちで見ることができます。特に集中しているのが、del Salvador という通りです。また街が望める高台にある教会も素敵です。