2、地域の方々とのできごと

海岸の姿というのは数十年のあいだにかなり大きく変貌する。アングラーが見つめているのは、釣り場に立った今、その時の海岸の姿であるが、昔の海岸の様子を知っていることは、ポイントを選ぶうえで参考になる。

以前、中紀の印南漁港でキス釣りをしていた時、地元の方が話しかけてこられた。何を釣っているのですかと問われたので、「キスです。」と返事する。しばらく話をしながら釣りをする。キス狙いの釣り人は比較的少ないようであるが、昔の海岸の様子をお伺いすることができた。漁港の波止が整備される前はここが砂浜海岸だったそうで、印南漁港には小さな川が流れ込んでいるが、そこを中心にして砂浜が広がっていたとのこと。

印南漁港は外に岩礁地帯が広がっているので、初めて訪れたアングラーにはキスのポイントとは思えない。私も投げ釣りを本格的に始めるまでは、キスが釣れる場所とは知らなかった。しかしこの地元の方の話を聞き、砂泥底でありキスが釣れる場所であること、河口部周辺にキスが寄りやすいこともよく理解できた。地元の方の話は、じっくりと耳を傾けるとポイントを考える上でヒントになることが多いものである。

投げ釣り愛好家が伝えたい【釣り場で出会った3つの「ありがとう」】護岸された港(提供:TSURINEWSライター牧野博)

3、通りすがりの見物の人とのできごと

約50年前にさかのぼる。これは今の時代だとちょっとありえない話かもしれない。

冒頭に列車の釣り人の話をしたが、そのころ小学生だった私は、父に連れられて初めて投げ竿を振ったのである。ある時、父と北陸方面に釣りに行くことになった。北陸線は幹線なので、当時下りの富山、直江津方面に向けて特急・急行の定期の夜行列車が合わせて5~6本は出ていたと思う。大阪市内でエサの調達に少し手間取り、最終の夜行急行に乗り込み、小松駅で降りる。まだ未明で、駅のホームの待合室のベンチで少し仮眠した。明け方、タクシーで釣り場に向かう。ポイントがどのあたりだったかは覚えていないが、投げ竿を3本位出した。

なんだか雲行きが怪しい。一応カッパは着ているが、パラパラと雨がこぼれてきた。そのとき、スーツ姿の男性二人が見物に来られたのである。医薬品の営業マンの方で、クルマで外回りをされていたようだ。父が少し話をしていたが、よかったら駅まで乗っていきませんかと言ってくださった。仕事中で申し訳ないがライトバンに同乗させていただく。このときは本当に助かった。父は駅で降りたときに少し待ってもらい、駅の売店で缶コーヒーやお菓子を買ってお礼に渡したようだ。

今の時代、社用車に部外の人を乗せて営業ルート以外の場所に行くなどは、まずできないことだと思う。営業マンの会社の名前などは全く覚えていないが、この時の営業マン二人に心から「ありがとう」と申し上げたい。