日本では科挙もなかったので、トップクラスの知的能力はひどかった。江戸幕府の将軍なんぞ高校生レベルの教育も受けておらず、頭も悪そうでした。

首相にあたる老中も、譜代の中堅大名20家ほどのなかから、少しましなのが交替で就任していただけ。黒船が来たとき究極の世襲政治家だった阿部正弘がしたのはアンケート調査です。

いまの日本の政治は、首相が世襲ばかりですから、江戸幕府と同様のひどさです。その前の時代は、「三角大中福」なんていっていましたが、官僚政治家が主流を占め、それと互角に政策を議論できた三木武夫とか田中角栄とかがそれに伍していたが、いまの永田町では難しいことをいう政治家は主流になれません。

そういう現状を深田さん相手に論じているのですが、「三角大中福」 という言葉を知らないと言われてちょっとショック。たしかに、物心ついたころの首相は中曽根康弘だそうで、残りは死んだり引退していたのだから仕方ない。

ついでは、官僚について議論しています。官僚はそのままでは、あるいは国会議員になっても10数年は大臣になれまぜん。これは、いってみれば、サラリーマン重役というものがいない会社みたいなものです。

官僚はいちおうは、自分の信じるところを実現しようとしますが、どっちにせよ、世襲政治家が主体、あるいは、課長補佐のころあまり出来のよくなかった部下が政治家になって戻ってきて大臣ですから、あまりやる気もでないようで、ささやかな成果で満足してます。

それともうひとつ官僚をだめにしてるのが、事務次官制度です。事務次官は一年か二年で交替です。ですから、大改革は無理です。また、民間会社では5~10年一人が社長ですから誰しもが社長を目指すのでなく、それそれ得意の分野でチャンピオンを目指しますが、官僚はみんな次官、つまりジェネラリストを目指します。

そこでスペシャリストが育たないというのも、霞ヶ関が駄目な理由です。そのあたりを詳しく解説してます。