人権という価値観のジレンマ

カタール政府は、問題は徐々に改善していると主張しています。人権は「カタール人」にしか認められていないわけで、民主主義的な価値観は未発達・未成熟な社会です。女性やLGBTQの人権も認められていない部分も多いです。

しかし、カタールにはイスラム教と言う宗教や文化があり、固有の歴史があります。西洋のルールでは「人権侵害」な行為ですが、カタールの独自ルールではそうではありません。カタールも国際社会のルールだから何かしら行動はとっていますが、押し付けられていると感じることもあるでしょう。外圧みたいなものと内心は思っているかもしれません。

国際性・普遍性VS地域性・独自性・特殊性、この衝突と分断。

国際性や普遍性を主張しても、それが世界共通の価値観にはなっているわけではありません。「人権」という価値を民主義的な価値観が定着していない国・社会に押し付けてしまうと、その国・社会の独自性を踏みにじってしまうかもしれません。圧力をかけると、相手が意固地になって、少しの改善も進まなくなってしまうかもしれません。

しかし、地域性や独自性や特殊性を尊重しすぎると、内政干渉と言う対抗言論にひよっていると、非人道的・残虐な行為、人権侵害の状況においても声を上げられなくなってしまいます。人権被害で苦しむ人が救われません。

本当に難しいところです。このジレンマは世界、いや地球上の人間社会を覆っています。

真の王者になれ!ラ・アルビセレステ(愛称:白と水色)

国際社会でこの問題を提起できる可能性があるのは、選手、協会、スポンサー、政府など。特に、スポンサー企業はSDGsを主張していますが、この事態を前にそれなりの態度を示して欲しいものです。とはいえ、大事なのは一方的にある価値観を主張し、振り下ロして批判することよりも、相手の立場に立って事情を理解してあげて、少しづつ問題解決につながる、皆がわかり合えるコミュニケーションをとっていくべきだと思います。

サッカーは闘いでもあります。厳しくやられたらやり返すのかもしれませんし、プレーヤーが興奮してやりすぎる気持ちはわかります。しかし、スポーツマンシップを毀損する、荒い、粗野な、欲望むき出し、幼い行動は文明人とは言い難いものです。

サッカーは優勝しましたが、アルゼンチンは人権では優勝とは言えないでしょう。真の王者になれるよう、メンバーがどう王者としてのモラル溢れる行動を示してくれる日を期待しましょう。