今回の決定では、まず2023年10月から25年末までの15か月を移行期間として、輸入品に対する排出関連データの収集、開示だけを求め、輸出事業者側の対応準備を促した上で、2026年から国境調整課金を行うということになっている。EU域内で26年から段階的に無償配布が削られ、炭素価格が課されるのに合わせて、輸入品にも同等の炭素価格を課すことで、域内産業の競争力を維持しようというわけである。
しかし今回の決定に対して、CBAM対象セクターの一つである欧州鉄鋼協会(Eurofer)は、輸出競争力の維持に関する具体的な対策が示されておらず、450億ユーロに上る輸出ビジネスの存亡の危機に晒されるとして、強い懸念を示している。
輸入品に対して国境で炭素価格を課すというCBAM制度は、EU域内市場を失うリスクを解消することはできても、高い炭素価格を課されたEU域内製品の輸出競争力を維持する効果はない。EUに比べて炭素価格が安い国や地域、米国のように炭素価格がない国に対して、2026年以降、EU域内の産業は輸出競争力を維持できないだろう。
それを調整するためには、EUからの輸出品に対して域内で課される炭素価格を還付するという、いわゆる輸出リベートが必要となり、実際その可否についてEU内部でも検討されてきた。しかしそうした輸出リベートは、WTOルール違反になるとの懸念があり、今回の決定には含まれていない。
こうした産業界の懸念に対して今回の合意は、2025年末までに欧州委員会がそのリスクを評価し、「必要な対策をWTOルールに準拠した形で提示する」と述べるにとどまっている。これが何を意味するか詳細は不明だが、通商専門家によるとWTOルールに準拠した輸出品への課金還付はありえないという。そもそも同じ鋼材製品について、EU域内と輸出で異なる一物二価の価格体系で取引すること自体に、無理があると言わざるを得ない。
さらに今回のEUの決定のもう一つの課題は、迂回輸出への対応である。仮に鉄鋼やアルミといった素材の輸入に対して、CBAMで炭素価格の調整を行ったとしても、輸出国側でそうした素材を加工して作られた機械や自動車などの完成品、あるいは部品やコンポーネントなどの中間製品の輸入に対してCBAMを課すことは、手続きが複雑になりすぎて困難である。
一方EU域内で高い炭素価格を課された鉄鋼やアルミなどを使って製造された、EU産の自動車や機械などの加工製品が、国際市場で価格競争力を失う懸念もある。結局EUの産業界にとって、国際的にみて高い水準の炭素価格が課されれば、たとえCBAM制度を組み合わせたとしてもEU製品の国際競争力の足を引っ張ることになる。
実際にこのカーボンプライシング制度が運用され始めるのは、CBAMの移行期間が終了する2026年からになるため、まだ紆余曲折はあるかもしれないが、このままいけばEU経済にとって「成長に資するカーボンプライシング」にはならないとして、産業界から悲鳴にも近い懸念の声が上がっている。