しかも、カスティジョ大統領を罷免させる動きは彼が大統領に就任した時点からあった。共産主義者の政党から出た来た彼を長年右派が支配して来たペルーの議会では容認できなかったのである。だから数度罷免させる動きがあった。そして軍部も共産主義者が背後にいる大統領を支持することはなかった。退役将校の間で軍部にクーデターを遂行すべきだという奨励の書面を送っていたことも表面化している。

カスティジョ大統領はこのような逆行に就任以来1年半も耐えて来たのである。

そして今回また罷免の動きが野党議員の間で生まれたのであった。しかし、野党議員の間では罷免できるだけの十分なる議席数を確保できる保障は実際にはなかったという。

ところが、政府はこれまで以上に焦りを感じていたようだ。特に、不安だったのは大統領を支える自由のペルーの全ての議席がそれに反対するという確信が大統領自身にもてなかったようだ。

このような事情から今回はチャベス首相とトッレス前首相のセルフクーデターを行うという提案を大統領が受け入れたようだ。

セルフクーデターは失敗

事前に十分なる準備もなく行ったもので、しかも軍部がそれを支持しなかったということから大統領は家族の安否も気遣ってメキシコへの亡命を考え、同国の大使館に向かった。ところが、彼を乗せていた車に同乗していた彼の護衛官が逆に彼を裏切って最寄りの警察署に彼を導いたのである。恐らく、彼は20年の禁固刑の判決が下されるであろう。

ペルーは1992年から7人の大統領が汚職で逮捕されている。

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