家康さまはひどくケチな人だと皆申します。家来が大きな手柄を立ててもたいして加増されません。そのかわりに、戦死した家臣の遺族などは、とても手厚く厚遇されています。
秀吉は、人情の機微に通じて、上げたり下げたりが上手なのでございます。思いきった抜擢もいたしますが、失敗すると改易など平気でいたします。ところが、しばらく謹慎したり浪人して反省していると、また、チャンスをあげておりました。秀吉や家康さまの人事には不満をもっても謀反するほどのことにはなりません。
ところが、信長さまは気に入ると信じられない抜擢をされますし、秀吉もその恩恵にあずかったわけでございますが、少し期待に応えられなかったり、落ち度がなくても別の人を使いたいと思ったら、突然、お役目や領地を取り上げられたりなさいます。
あるいは、信長さまは会話のなかで人をよくからかわれました。ご本人は、面白がっているだけかもしれませんが、言われた当人はひどく傷つくことがございます。松永久秀さまを例にとれば、徳川家康さまに対して「この老翁は、世の人がなしがたいことを三つもした。将軍を弑虐し、自分の主君である三好を殺し、奈良の大仏殿を焼いた松永という者である」と言ったので、久秀さまは汗を流して赤面したという話が江戸時代の軍記物にございます。
本当にこの言葉の通りかどうか知りませんが、秀吉のことを猿とか鼠とかおっしゃるくらいですから、さもありなんです。
浅井長政さまや荒木村重に裏切られたのも、恩賞への不満が根本にあったと思います。信長さまは合理主義者ですから「何があいつは不満なのか」というのが、裏切られたときの口癖でございました。秀吉などは「信長さまはそういう方だからと割り切って付き合えばよし」だから良かったのですが、誰でもそうとは限りません。
物言いも、本人に向かっても人垂らしですが、たとえば私にも人の評価などいろいろ聞かせたりするのですが、人の口を使って本人にさりげなく聞こえるようにしているわけで、ともかく上手なのでございます。
このほかにも、この三人の性格などをいろいろ本でも対談でも紹介しているので、ぜひ、ご覧頂きたい。
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生ハム子さんは、日本女子大学家政学部卒業後、広告代理店勤務を経て、自らの仕事の不出来に絶望。その後、ゴールデン街勤務を天職だと自覚する傍ら、酒場と人間に翻弄される毎日と共にライターを目指す。大学在学中に神奈川県大井町観光大使「ひょうたん娘」を務め、2021年、ミスiD2021クリエイティブヒロイン賞受賞。
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