米国とEUのIRAにおける亀裂は、間接的に中国に利する可能性もあります。米・EUは2021年6月に貿易テクノロジー評議会(TTC)を始動させていますが、12月5日にメリーランド大学で開催された第3回のTTC会合につき、欧州委員会のブルトン委員(域内市場担当)は12月2日に欠席の意向を表明しました。
フォンデアライエン欧州委員長も、開催に先立ち講演でIRAによる欧州経済への悪影響などに懸念を表明。IRAの”エネルギー安全保障と気候変動対策”に割り当てられた歳出額は3,690億ドル、EUのGDPの約2%に相当しますから、物申すはずです。米欧業界団体が問題視していた中国による不正な商慣行や強制技術移転などの言及が、TTC会合後の声明でまたも持ち越しとなったのは言うまでもありません。
マクロン仏大統領はIRAに対抗し、”バイ・ヨーロピアン”の必要性を説きますが、2023年からの財政健全化を目指す上で合意しづらい環境にあります。世界貿易機関(WTO)への提訴は、さすがに貿易戦争に発展しかねず回避したいところ。そこで、欧州側がレバレッジとして注目するのが対中抑止で「対中協力について協議を求めるなら、IRAについても必要」と言い始めているとか。
米仏首脳声明では「人権尊重を含むルールに基づく国際秩序への中国の挑戦をめぐり引き続き協調し、気候変動のような重要な地球規模の問題について中国と協力していく」と明記しましたが、”協調”の域を出ないことを確認しました。なお、米国は安全保障報告書にて国際秩序形成で中国を「唯一の競合国(only competitor)」と位置付けています。
対中抑止をめぐっては、一帯一路に対抗すべく2021年6月開催のG7首脳会議で発足したものの資金不足により頓挫した”より良い世界の再建(BBBW)が思い出されます。

画像:やはり同床異夢だったB3W作成:My Big Apple NY
今年のエルマウG7サミットでは、”グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)”にその名を変えて登場、米国は中低所得国に5年間で6,000億ドル、米国単独では2,000億ドルの資金提供を呼びかけますが、その後進展は聞かれていません。一帯一路と言えば、2013年から提唱され、世界147カ国が覚書に調印、総支出額は1兆ドルのところ、インフレ高止まりと成長減速に直面する先進国がどこまで支援できるか未知数です。
米国とEUのIRAをめぐる対立は、中国だけでなく日本や韓国などにも影響大。バイデン政権が果たして「微修正」を実行できるのか、まずお手並み拝見です。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年12月5日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。