NPCとわかっていても本能が自動的に不快感を発してしまう

研究に使われた仮想の車内はかなりリアルに作り込まれており、被験者たちが電車への乗り込むと、「ドアのそばから離れて下さい」というアナウンスと発車ベルが響くようになっており、さらには仮想空間の内部で自由に移動したり座ったりすることも可能です。
Credit:Saeedeh Sadeghi et al . Affective experience in a virtual crowd regulates perceived travel time (2022) . Virtual Reality

調査にあたっては41人の被験者に仮想世界の電車内に入ってもらい、上の図のように、人口密度が1平方メートルあたり1~5人になるようにNPCを配置しました。

1平方メートルあたり1人の密度の場合(レベル1)、車内にいる人数は35人となり、座席にもいくつか空白が存在します。

一方、1平方メートルあたり5人(レベル5)になると、車内の人数は175人に達し、かなりの人混みになります。

研究では被験者たちにさまざまなレベルの人混みを60秒から80秒にわたり体験してもらい、その後①「快適さ」、②「不快さ」、③「感じた時間の長さ」の3項目に答えてもらいました。

結果、人混みのレベルが高くなると被験者たちの「不快さ」が増加し、同時に感じた時間も人混みレベルが高いほう(レベル4やレベル5)が低いほう(レベル1やレベル2)に比べて10%ほど長くなっていくことが判明します。

より具体的には、人口密度が1平方メートルあたり1人増加するごとに、被験者たちは感じた時間の長さを1.8秒ずつ長く報告していました。

この結果は、NPC密度の増加が被験者たちの不快さが、感じた時間を長くしていた可能性を示します。

研究者たちは、人混みはパーソナルスペースを侵害することで本能的な脅威や不快感を呼び起こす「嫌な体験」として時間感覚の延長を引き起こす要因であり、同じ心理メカニズムが仮想世界のNPC相手にも働いた可能性がある、と述べています。

実験の被験者たちは自分の周囲にみえるのが「仮想世界のNPC」であると認識していましたが、人間の本能はパーソナルスペースの侵害に対して自動的に不快感を発し、結果として時間感覚を歪ませていたのです。

そのため研究者たちは、仮想世界のNPCが人間に与える影響を詳しく解明できれば、仮想空間のNPCを利用した人間の行動分析も可能になると結論しています。

またNPCが人間に与える感情的な影響を上手く利用することは医療分野でも利用が期待されます。

「うつ病」や「ひきこもり」の人々の社会復帰を促進するのに、会社や学校に通う練習をする方法が有効であることが知られています。

会社や学校までの道のりを往復する練習を通して、心理的な障壁を克服できるからです。

しかし、現実と見分けの付かない仮想世界が可能となった世界でまで、満員電車に乗りたくはないものですね。

参考文献
Are we there yet? Time slows down on a crowded train

元論文
Affective experience in a virtual crowd regulates perceived travel time