当局によれば、シリア北西部アフリンからトルコに侵入したとされるが、このアフリンというのは2018年以来、トルコの占領下にある地区である。アフリンではクルド人の抵抗勢力によるとみられるトルコ軍やその傘下のシリア人勢力を狙った爆弾攻撃が頻発しており、トルコ軍や情報機関が警戒にあたっている。そんな場所からむざむざ国内に怪しい人間を入れるということがあるのだろうか。もしPKKがテロをやるのであれば、怪しまれにくいトルコ国籍を持つメンバーに実行させるであろう。

一方で、下手人がシリア出身だとトルコ政府にとって非常に都合がいいことがある。大統領エルドアンは5月頃、新たな北シリア侵攻計画をぶち上げたことがある。この時はアメリカの圧力などで妥協したが、その後も機会は伺っていた。

トルコ・エルドアン大統領出典:Wikipedia

というのも、エルドアンは、数年来のリラ暴落に加え、最近の国際情勢による深刻なインフレへの無為無策で、支持率を落とし続けている。そのような中、来年には総選挙が控えている。挙国一致の機運を作るには、戦争に如くはなしというわけだ。

2018年のアフリン侵攻、2019年の北シリア侵攻では、クルド系政党を除く「翼賛体制」が生まれた。政府高官も非常に好戦的な態度を示している。内相スレイマン・ソイルは、在イスタンブールのアメリカ大使館の弔辞を「拒絶する」と発表した。「テロ組織」に軍事支援をする国の弔辞など受け入れられないということだ。

トルコの言う「テロ支援」とは、アメリカがイスラム国に対処するため、また失敗続きのシリア介入で僅かな“勝ち”を手にするため現地のクルド人勢力に肩入れしていることだ。このクルド人勢力はトルコを攻撃する意志はないが、思想・人材面でPKKの影響下にあるためトルコの隣国侵略の口実に使われている。今、北シリアではトルコ軍とその傘下勢力による動員、砲撃が活発になり、現地のクルド人部隊が警戒を強めている。

もう一つのターゲットは、野党第一党・共和人民党(CHP)のイスタンブール市長だろう。この市長は前回の選挙で、エルドアンの腹心の候補を破って市長職にとどまった。その際、与党側は「不正選挙」を主張しやり直し選挙まで実施されたが、再び与党候補は敗北し煮え湯を飲まされる結果となった。

今回のテロ事件の前から、政府寄りメディア等による市長攻撃の論陣は強くなりつつあり、事件後は激しくなっている。エルドアンは数年前までは主としてクルド系政党の弾圧に注力し、CHPといったトルコ人の世俗主義政党との分断を図ってきた。この2〜3年ではCHPへの攻撃が激しくなり、最近成立した「検閲法」もその最大のターゲットはCHPの指導者だと言われている。

最後に、エルドアン自身、軍・情報機関の陰謀により失脚しそうになったことがある。トルコ史上空前の陰謀劇「エルゲネコン事件」では、トルコ各地で爆弾テロなどが計画され、その混乱に乗じクーデターが決行される予定であった。爆弾で人心を揺さぶるというのは、当局の常套手段であることがわかる。

日本人の感覚では理解しがたいことが起きる国なのである。