黒坂岳央です。

筆者はこれまで、数々の人生論を教わってきた。その中でも、特に強く感銘を受け、今でも実感を伴った理解をしているのが「人間関係は舐められたら終わり」である。一見、脳筋で暴力的な印象が漂うこの言葉だが、その実、あらゆる人間関係の問題を説明できる真理である。君主論でマキャベリも「愛されるより恐れられよ」と言っており、このセリフも本質をついている。

舐められがちな人ほど、自ら相手から舐められる言動を気づかずにしてしまっていることが多い。論理的にその根拠を述べる。本稿で少しでも言動改善のお役に立てたら幸いだ。

舐められやすい人がやりがちな「3つの言動」
(画像=sesame/iStock、『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

相手から舐められることで起こるトラブル

「舐められる」とはそもそもどういった状態か?別の言い方をするなら、「相手から軽んじた扱いを受ける」ということである。そしてこれは老若男女はもちろん、夫婦や友達、そして外交などの国家間でもしばしばトラブルの火種になる。

具体例を出そう。筆者は昔、知人と飲み会に行った時に「この後は女の子のいるお店に行こう」と誘われたことがあった。相手は既婚者なので「え?あなたには奥さんがいるのでは?」と驚いて聞くと、「大丈夫。うちは甘いからバレたら謝ればいい」と返ってきた(当然お断りした)。

また、ある時友人と会って「今日はこの後に別の人と会うから、夕方4時までね」と言われた。だが、時間前になっても相手はその場から動こうとしない。「そろそろ約束の時間では?」と尋ねると「大丈夫、ちょっとくらい待たせても怒らない人だから」と笑って返された。

これら2つの事例はそれぞれ、相手を軽んじている…つまりは舐めているからこそ起きている状況だ。極端な話をすると、相手がイカつい強面の大男だったなら、彼らも絶対にそのようなマネはしないだろう。このように相手から舐められると、程よい緊張感があれば起きなかったであろう無用なトラブルを招くことになる。

それでは次のパラグラフから、具体的な言動を紹介したい。

1. 虎の威を借る狐

「自分は有名人と知り合いだ」「家族や知人に有力者がいる」このような言動を「虎の威を借る狐」という。そして承認欲求を満たすツールに、これを多用するともれなく相手から舐められる対象者となる。

なぜか?それは「自分自身とは無関係のステータスを、あたかも自分の実績のように誇らしく見せつけ、それでマウントを取ろうとする」という点に小物感が漂うからである。言うなればドラえもんのスネ夫ポジションであり、相手から舐められても不思議ではない。「肝心のあなた自身には、誇れるポイントはないのか?」と相手に思わせてしまうだろう。

筆者はこれまで、数多くのこの類の人物を出くわした。そして本人の預かりしれぬ場所で、嘲笑されるシーンに数多く出くわしている。マウントを取れていると思っているのは本人の心の中だけの勘違いだ。辞めるべきだろう。