近接する商業施設とのシナジーも模索

とはいえ、百貨店を中心とした小売業のJ.フロント リテイリンググループには、商業開発のノウハウはあっても住宅事業は未知の領域。そこで、3拠点それぞれについて不動産ディベロッパーを事業パートナーに迎え、共同で開発プロジェクトを進める座組をとっている。しかし、「すべてデベロッパーに任せているわけではない。私たちは小売業の目線でプロジェクトを企画し、提案を行っている」と平井氏は強調する。
名古屋のマンションには、居住者どうしやゲストと交流できるラウンジや、コワーキングスペースを設ける。これらは同グループの提案を反映したものだ。また、共用スペースの内装は、パルコのデザインチームが監修し、空間づくりのプロフェッショナルの手によって、ホスピタリティのある内装の設計が行われている。「当社には、百貨店やSC事業を通じて長年培ってきたホスピタリティや接客、空間づくりのノウハウがある。それらは住宅事業においても活かせるものと考えている」(平井氏)
また、本業とのシナジーによって、マンションに付加価値を生みだそうとしている。名古屋エリアには「松坂屋名古屋店」や「名古屋パルコ」、横浜エリアにはショッピングモール「カトレヤプラザ伊勢佐木」と、それぞれのプロジェクトには同グループが運営する商業施設が近接する。それらの商業施設を利用する際の入居者への特典や、デリバリーサービスなども検討しているという。
百貨店業界で進むポートフォリオの非商業化

「全国百貨店売上高概況」(日本百貨店協会)によると、全国の百貨店の2022年4月単月の総売上高は3,778億円。前年同月(3,178億円)に比べて19%増と、新型コロナウイルス禍による打撃から徐々に回復の兆しがみられる。しかし、コロナ禍が本格化する以前の2019年4月(4,488億円)と同程度への回復にはまだ時間がかかりそうだ。
このように主要事業の屋台骨が軋み続ける中で、J.フロント リテイリンググループの他にも、大手百貨店グループが不動産事業を強化し、非商業部門のポートフォリオ拡大によって経営安定化を図る動きが目立っている。高島屋グループの東神開発は、東京・日本橋のオフィスビル開発や、目黒区のマンションを取得するなどオフィス・住宅事業へのシフトを高めている。三越伊勢丹ホールディングスも、2022-2024年度の中期経営計画において、保有不動産の再開発によるまちづくりを事業戦略の一つに位置づけた。
その中にあって、J.フロント リテイリンググループの取り組みは、百貨店が一から住宅開発を手がける稀有な事例といえる。「開発を構想しているエリアはまだある。まずは進行中のプロジェクトでしっかり成果を挙げていきたい」と、平井氏は力を込める。「百貨店発・住宅事業」の試金石として注目したい。
提供元・DCSオンライン
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