【木村ヒデノリのTech Magic #129】 テキスタイルデザインとは“布地”のデザインを意味する。狭義では特に染織だけをいう場合もあるが、一般には布を加工する技術全体を指すことが多い。織り、染め、縮絨(しゅくじゅう、フェルト状にすること)など布にデザインを施す方法はさまざまあるが、素人でも比較的手を出しやすいのが「刺繍」だ。特に最近コスプレ需要も相まってデジタル刺繍が密かなブームとなっている。テクノロジーも進化し、安価な機械や使いやすいソフトウェアが登場したのも追い風となっている。最近これにハマっている筆者はハロウィン直前ということで娘の服のカスタマイズに挑戦してみた。
母が名前を入れるのではなく父が服を作る時代
ジェンダーレスが当たり前の現代に怒られそうなチャプタータイトルだが、これまで刺繍というと「お母さんが子供の手提げ鞄などに施すもの」というイメージが強いのは事実だろう。筆者も少し前まで刺繍や刺繍ミシンについて同様の認識だった。フォントやデザインはミシンの中に入っているものだけを使うのであまり自由度がないのでは?と敬遠していたが、現代の刺繍機やソフトウェアは大幅に進化していた。
筆者が使っているJANOME製の刺繍ソフトArtistic Digitizer(アーティスティックデジタイザー)は、Adobe Illustrator形式をそのまま読み込み一発で刺繍データにしてくれる。
こうしたソフトウェアを使えば自分で描いたデザインを刺繍にし放題。これまで難しいと思っていた服のカスタマイズが容易にできる。こうなると俄然クリエイティビティが高まるのが男性諸君ではないだろうか。この服のこんなところにこんなワンポイントがあればおしゃれだな、といった具合に時代は「父が子供に服を作る」へと変化している。
価格は高いが長い目で見るならこれを選ぶべき
筆者は刺繍をはじめるにあたってブラザー製の「刺しゅうPRO」や無料ソフトで人気のInkStitch(Inkscapeのプラグイン)も使ってみたが、いくつかの点でアーティスティックデジタイザーの方が優れていると感じた。一つはユーザーインターフェースで、人によって印象は異なるだろうが筆者は特段マニュアルなどを読まずに理解を進めることができた。
ボタンや各機能が一覧できるようになっており、階層がほぼないので触っていけば大体どの機能がどこにあるのか把握できるので初心者にも優しい。またプレビューがリアルタイムで変化してくれるのも良い。プレビューは非常にリアルで、埋め縫いの名前を知らなくても「ああ、この縫い方のことか!」と設定を変えてみて把握できる。結果もほぼプレビューの見た目通り縫われるので、かなり直感的に刺繍データを作ることができるだろう。プレビューで結果を想像できる、という点は作業効率をかなり上げてくれたのでソフトウェアを選ぶ際は重視した方が良いだろう。
ほかにも、変換した後のデータを微調整していくフローが他のソフトウェアよりも便利だった。前述した通り、刺繍データは自動で作成(オートパンチング)されるが、「この部分だけこの方向に縫いたい」など微調整したい箇所が出てくる。プロの間では最初から手動(マニュアルパンチング)で作成することで多彩な表現をしているが、アーティスティックデジタイザーを使えば自動で変換されたデータの一部分を選択し、縫い方向や縫いかたを自在に変更できる。自動の手軽さと手動の緻密さの良いとこ取りができるのだ。
刺繍の知識を深めていくと数か月でさまざまな技術を使ってみたくなる。アーティスティックデジタイザーは単体価格で見れば18万7000円と高額だが、入門者にも優しい使いやすさとさらに高額な業務用ソフトウェアであるWILCOM製ESシリーズ(65万~165万円)にも匹敵する機能性を備えている。使い込んでいくほど満足できるので、長い目で見て購入するなら筆者はアーティスティックデジタイザーをおすすめしたい。コストパフォーマンスに優れているとともに、同価格帯で数少ないMacに対応しているソフトウェアというのもポイントだ。