AI技術の進展はこの社会に、淘汰される恐怖とチャンスへの期待とが交錯する状況を生み出している。チャンスをつかむ側に回るために求められるのは、変化を先読みする「未来予測力」ではないだろうか。
この未来予測力の磨き方について、企業の長期戦略立案のプロであり、先読み力が問われるクイズの世界でも活躍する鈴木貴博氏が、具体的な事例とともにアドバイスする。
※本稿は『THE21』2020年4月号より一部抜粋・編集したものです。
10年後の日本経済を左右する「トヨタ問題」
本稿でご紹介する予測術は、「確実に実用化されることがわかっているテクノロジー」によって起きる未来を考える話です。
今から10年後、2030年の日本経済がどうなっているのかを考える際に避けて通れない問題があります。それが「トヨタ問題」です。
日本を代表するトップ企業であり、GDPの面でも雇用の面でも日本経済を牽引する重要企業であるトヨタが、これからの10年間で大きな経営危機を迎えると言われています。その危機の原因は、二つのテクノロジーの進化にあります。
一つ目の要因は、世界的な電気自動車への移行トレンドです。パリ協定により新しい温室効果ガスの削減目標が設定される中で、ガソリン車は今後、段階的に廃止される方向で新しいロードマップが決められました。
この変化がトヨタをはじめとする自動車メーカーにとって都合が悪いのは、これまで自動車メーカーを外部からの競争から守ってきた参入障壁が壊れるからです。
自動車参入の壁だったエンジンと部品点数
ベンチャー企業が自動車に参入できない最大の要因は、エンジンの開発に高い技術力がいるからです。
そして、エンジンを中心に非常に多い部品点数をコンパクトなボディに詰め込むためには、多数の部品メーカーと垂直統合型と呼ばれる協業をしながら、自動車を設計開発する必要がある。だからこれまでの自動車産業は、エンジンが開発できない企業が参入することは不可能だったのです。
ところが電気自動車は、ガソリン車と比べて部品点数が驚くほど少ない。ですから、部品を購入してきて独自に設計しても、自動車が出来上がってしまう。
実際、アメリカの自動車産業ではイーロン・マスクが起業したテスラモーターズが台頭してきましたし、中国には60社もの新興電気自動車メーカーが誕生しています。
もう一つの技術進化は、自動運転技術の実用化です。今でもドライブアシスト機能と呼ばれる自動ブレーキや、先行者を自動的に追随してくれるクルーズコントロール機能が搭載された自動車が販売されていますが、自動運転技術の目指すところは「セルフドライビングカー」の実用化です。
運転手不在でも一般道路を走行してくれる完全自動運転車が、20年代前半には市販されることになると予測されています。問題は、そのような自動運転車のコア機能である人工知能の開発に、トヨタよりもずっと資本力に優れたAI企業が次々と参入しているということです。
そして、それらの企業がトヨタよりも先に、品質的に優れた自動運転の人工知能を外販するようになることも高い確率でおこり得る。もしそうなったらどうなるのでしょうか。
実はこのことで、1980年代のパソコン産業と同じ状況が繰り返されると予測されています。コンピュータ業界ではそれまで垂直統合型でハードウェアからソフトウェア、周辺機器までを開発していたIBMが業界一強でした。
ところがパソコンでIBMはOSをマイクロソフト、CPUをインテルから購入する決定を下しました。そのとたん、誰でもIBM互換パソコンを販売できるようになったのです。
パソコン産業は水平分業型産業へと変貌し、ハードウェアメーカーは軒並み収益性が悪化するとともに、マイクロソフトとインテルは時価総額でIT業界のトップへと躍り出ることになりました。
自動車産業の進化を表す「CASE」とは?
電気自動車に自動運転機能が搭載される時代には、これと同じことが起こり得るのです。コア部品であるAIと全固体型蓄電池を購入すれば、どの企業でもハイエンドな自動車を販売できるようになる。すると、業界構造がパソコン業界のように変わるのです。
そうなれば、ホームセンターや家電量販店で中国の新興メーカーに製造委託した自動車が売られる時代がやってきます。今ちょうどドン・キホーテやホームセンターでプライベートブランド的に65インチの4Kテレビが10万円程度で売られていますが、それらの製品が大手ブランド品と性能がそれほど変わらないのと同じ状況になるのです。
自動車業界ではこのような未来を見据えてCASEというコンセプトで自動車産業の進化をとらえています。Cはコネクテッドつまり自動車がネットワークにつながること、Aは自動運転、Sはシェア(共有)、EはEV化つまり電気自動車へのシフトです。
この4要素のうち、AとEがトヨタをはじめとする大手自動車メーカーにとっての競争優位を揺るがす以上、生き残るためにはCとSで進化を遂げることが自動車メーカーにとっては重要だという認識が広がっています。
生き残りを賭けたCとSにまつわる課題
では、それによってトヨタは生き残ることができるのでしょうか。ここに大きな矛盾が存在します。このCとSについて自動車メーカー自身が後ろ向きなのです。自動運転車時代には、自動車の中で行なうことが運転ではなく別のものになる。
だから、Cの要素として音楽などのエンタテイメントコンテンツの流通や、自動車の行き先のレストランの比較といった要素に自動車会社が力を入れるべきだというアドバイスがまことしやかにささやかれていますが、それは中国やアメリカのIT大手が推進するコネクテッドのビジョンとは大きく異なるものです。
本来のコネクテッドとは、中国でアリババや滴滴出行が力を入れているような都市交通システム全体の最適化制御を、市内を走行する無数の自動車から得られるビッグデータを活用しながら実現していくようなビジョンです。
これが日本では行政の協力含め全く手がつけられない。だから自動車メーカーは「コネクテッドとはコンテンツだ」という消去法でできる範囲内の研究開発しか行うことができていないのです。
S(シェア)の方も同様です。ウーバーが始めたライドシェアの追及は本来、自動車メーカーが真剣に検討する要素のはずなのですが、ライドシェアが進むと不都合なことに自動車の販売台数は大きく減少すると予測されています。だから自動車メーカーは、実際には力を入れることができていないのです。
つまり、CASEのAとEで競合障壁を壊されるうえに、活路であるはずのCとSについてはIT企業ほどの力を入れられていない。この状態にこそ、自動車産業が世界的に衰退していくという未来予測の根拠があるのです。
そもそも、トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーのライバルであるアメリカのテスラモーターズは、商品開発思想自体がCASEを見据えています。
例えば、自動運転のためのAIは、ダウンロードによってアップグレードが可能な設計になっています。ソフトウェアも充電池も、リプレイスすれば新型と同じ性能になる商品を発売しているのです。
その一方で、日本車は新商品が誕生したらとたんに陳腐化する設計思想で開発されている。目先のことしか考えずに経営を行なっているから、衰退すると予測されるのです。
最大の障壁となるのは「行政」の問題
そしてトヨタが衰退を避けられない最大の障壁となると予測されるのが雇用です。自動車産業はその裾野の広さから242万人の雇用を支えています。これはわが国の就業人口の4%弱を占める数字です。もし自動車産業が脱ガソリン車へと舵を切るとその雇用が失われてしまう。
実は、電気自動車化の動きについては90年代にアメリカのゼネラルモーターズが推進し始めたにもかかわらず、不可解な形で取りやめるという陰謀論のような事件が起きています。これは『誰が電気自動車を殺したか?』というドキュメンタリー映画にもなっている話です。
電気自動車化は雇用が失われる、ガソリンの需要が失われる、どちらの視点で考えてもアメリカの政治家が強い圧力をかけてくる要素がたんまりとある話です。そしてGMの電気自動車プロジェクトは実際に閉鎖へと追い込まれました。
トヨタが本気でCASEへと舵を切ろうとすると、そこに立ちはだかる最大の障壁はおそらく行政だということになるでしょう。両手両足に巨大な足かせをつけたままトヨタがあがき続ける2020年代に、それを横目にアメリカと中国の巨大IT企業は完ぺきなCASEのビジネスモデルを確立することになるでしょう。
あくまで2020年時点での状況から導出されたロジックではあるのですが、プロとしてはトヨタの衰退は回避しづらいものと読み取れるのはこのような理由からなのです。
鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)
(『THE21オンライン』2020年06月30日 公開)
提供元・THE21オンライン
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