人工衛星をハッキングすると何ができる?
Anik F1Rのような放送衛星は、地上の送信局から受け取った信号(アップリンク)を増幅して、地上に向けて送り返す(ダウンリンク)ことで、各家庭やマンション、集合住宅に電波を届けています。
そのため、コーシャ氏らが主にできたのは、Anik F1Rからの信号が届く北半球へ向けた「映像の放送」です。

ハッカーチームは、2021年10月に米サンディエゴで開催されたハッカー会議「ToorCon」の講演の様子を日中に生配信したり、夜には映画『ウォー・ゲーム』(1983)をストリーミング配信しました。
(ちなみに『ウォー・ゲーム』は、コンピュータネットワーク下の戦争を題材とし、ハッキングをテーマに描いたSFサスペンスものです)
また、映像の放送だけでなく、専用の電話番号を開設して、北米をまたいだ音声放送も可能になりました。
つまり、その番号に電話をかけると、あなたの声を北米全土に放送できるのです。
コーシャ氏は「人工衛星には制約がなく、基本的には送られてきた信号を中継し、反射させるだけだ」と説明します。
しかし実はここにこそ、ハッカーたちの付け入る隙があるのです。
人工衛星を乗っ取るのは簡単?
コーシャ氏によると、Anik F1Rを含むほとんどの人工衛星には「技術的な制約がない」といいます。
十分な強さの信号を送信できさえすれば、人工衛星はそれを受信して増幅し、地上に送り返してくれます。
言い換えるなら、運用中の人工衛星は”音声を拾うマイク”のようなもので、一番大きな声を出した者が選ばれ、その音声が増幅されるのです。
ところが通常は、大手の放送局の信号を超えられないので、一般人が人工衛星をジャックすることは極めて難しくなっています。
しかし、前例がないわけではありません。
たとえば、2009年に、アメリカ海軍の人工衛星をハイジャックした要件で、39人がブラジル連邦警察に逮捕されています。
このとき、ブラジルのハッカー集団は、高性能アンテナと自作の機材を使って、アメリカ海軍の衛星を個人用のCB(市民)ラジオに変えたといいます。

テロリストが、Anik F1Rのような放送衛星をジャックした場合、自国や敵国にプロパガンダ映像を流すことができるでしょう。
また、個人のハッカーだけでなく、各国が互いの人工衛星を乗っ取る危険性も考えられます。
さらに、放送衛星ならまだしも、軍事衛星が乗っ取られた場合、ミサイル防衛システムを機能不全に陥らせたり、戦場での通信を妨害することも可能です。
特に、役目を終えた人工衛星が墓場軌道に移動している最中は、通信経路が空いているためハッカーの狙い目となります。
コーシャ氏は、今回の実演を通して、人工衛星のセキュリティの脆弱性に警鐘を鳴らしました。
参考文献
Hackers prove it doesn’t take much to hijack a dead satellite
Hackers Took Over a Commercial Satellite to Broadcast Hacker Movies
Researchers Used a Decommissioned Satellite to Broadcast Hacker TV