弾丸と違ってパンチは直線的な動きでは効果が薄いようです。

1月19日に『Physics of Fluids』に掲載された論文によれば、卵の黄身を脳損傷のモデルとして利用したところ、直接的な衝撃でほとんど形に影響しなかった一方で、回転運動(特に減速中)は破壊的な歪みを生じさせたことが示されました。

今回の成果は、柔らかな物体に対する外部からの影響を調べた最初の研究となります。

しかしどうして回転運動、しかも減速が、最も大きな歪みを生じさせたのでしょうか?

目次
卵の黄身で脳の変形を予測する
卵の黄身を回転させたら「予想外の結果」が得られた

卵の黄身で脳の変形を予測する

脳に最もダメージを与える動きは「回転運動の急減速」だった 卵の黄身を歪ませる研究で判明
(画像=黄身は脳、卵白は髄液、カプセルを頭蓋骨の代替として装置を組んだ / Credit:Physics of Fluids、『ナゾロジー』より引用)

脳は人間にとって最も重要なパーツでありながら、体の中で最も研究が遅れている器官です。

脳は他の臓器と比べてはるかにデリケートであるため、移植は困難であり、単純な切開ですら人格に影響を与える危険性が高いです。

また脳は臓器の中で唯一、全体が専用の骨(頭蓋骨)で覆われているため、内部の視認も極めて困難。

そのため、外部からの物理的な攻撃に対して脳がどのように変形するかは、明らかにされてきませんでした。

そこで研究者たちは、卵の黄身を脳の代用品として用いる実験を考案しました。

卵から取り出された黄身を脳、透明な卵白を脳が浮かぶ髄液、そして外部のカプセルを頭蓋骨に見立てています。

カプセルの密封状態が確認できれば、次はいよいよ実験スタート。卵の黄身には、人類の科学発展のために犠牲になってもらいましょう。

卵の黄身を回転させたら「予想外の結果」が得られた

脳に最もダメージを与える動きは「回転運動の急減速」だった 卵の黄身を歪ませる研究で判明
(画像=カプセルに対して3種類の運動を加えた結果、回転運動の減速中に最も大きな歪みが生じた / Credit:Physics of Fluids、『ナゾロジー』より引用)

研究者たちは組み立てられた卵入りカプセルに対して、3種類の物理的な働きかけを行いました。

1つ目は直線的な衝撃、2つ目は回転運動(加速)、3つ目は回転運動(減速)です。

脳に最もダメージを与える動きは「回転運動の急減速」だった 卵の黄身を歪ませる研究で判明
(画像=直線的な衝撃は黄身の形状にほとんど影響を与えない / Credit:Physics of Fluids、『ナゾロジー』より引用)

上の図では、卵の上から直線的な衝撃を与えたときの様子が示されています。

この実験では、卵入りのカプセルに対して1.77kgのハンマーを1m上から落下させることで、衝撃を与えました。

衝突により、カプセルには瞬間的に9.8Gの加速度が発生しています。

しかし意外なことに、卵の黄身にはほとんど変形がみられませんでした。

脳に最もダメージを与える動きは「回転運動の急減速」だった 卵の黄身を歪ませる研究で判明
(画像=加速する回転運動は黄身の形を楕円形に歪ませた / Credit:Physics of Fluids、『ナゾロジー』より引用)

次に研究者たちは上の図のように、卵入りのカプセルに対して回転運動を与えました。

回転の速度は最大で1秒間に約64回転にも及びました。

結果、卵の黄身もカプセルの回転に影響されて回り始め、楕円形の形に変形しました。

脳に最もダメージを与える動きは「回転運動の急減速」だった 卵の黄身を歪ませる研究で判明
(画像=減速する回転運動では黄身の形が押し潰され大きく歪んだ / Credit:Physics of Fluids、『ナゾロジー』より引用)

最後に、上の図のように、研究者たちは回転させたカプセルを減速させました。

減速によってカプセルは1秒以内に動きを停止します。

すると興味深い現象がみられました。

減速するカプセルの内部で卵の黄身が徐々に変形し、土星型を経て、押し潰されたような形状に変化したのです。

これは、外部の液体の流れがカプセルにつられて減速した一方で、黄身を含む中央部の遠心力がまだ高いことが原因になります。

内部の遠心力が優勢である場合、外部の反発を打ち破って、内部から外部へ向けた膨張が起こります。

もしこれが脳であった場合、脳は自身の遠心力によって内側から崩壊することになるでしょう。