脳にとって体は単に支配下にある道具ではないようです。

1月29日に『Science Advances』に掲載された論文によると、人工培養された脳、肝臓、腸、結腸を繋ぎ合わせた疑似的な人体を用いることで、脳と体の強固な関係性を発見したとのこと。

培養脳は他の培養臓器と血液的なつながりを持つことで、はじめて生きている人間の脳の働きに近づけることが示されました。

また、培養臓器を連結する技術そのものは、将来の研究や創薬において人体実験に代わる強力なツールになると期待されています。

生物学の最先端でおこなわれている人体実験とは、いったいどんなものなのでしょうか?

目次
疑似人体は禁断の人体実験の代わりになる
培養脳は培養臓器との接続によって「目覚め」を起こす

疑似人体は禁断の人体実験の代わりになる

人工臓器を組み合わせた「疑似人体」により脳と腸の密接な関連が明らかに
(画像=疑似人体は各臓器がカートリッジ化されている / Credit:Science Advances、『ナゾロジー』より引用)

近年の飛躍的な培養技術の進歩により、たった1つの細胞から脳を含む人間のあらゆる臓器を培養することが可能になっています。

これら人工培養された臓器は「オルガノイド」と呼ばれており、創薬の分野において、貴重な人体のデータを提供する実験対象となっています。

一方、近年の研究によって、脳と体の深い関連がますます明らかになってきました。

脳で感じる悩みが腸の痛みとなるように、腸での不具合は脳(精神)にも反映されます。

しかし脳と体の興味深い関連性のほとんどは、マウスなどの動物実験によるデータに過ぎませんでした。

脳は人間性にかかわる最もデリケートな臓器であり、生きている人間の脳を顕微鏡撮影のためにスライスしたり、遺伝子を取り出すために磨り潰すことは、倫理的に許されないからです。

そのため、動物実験の結果が人間にも当てはまるかを確かめるのは容易ではありませんでした。

そこで今回、マサチューセッツ工科大学(通称: MIT)の研究者たちはアメリカの国防高等研究計画局(通称:DARPA)の支援を受けて、脳を含む培養臓器を組み合わせた疑似的な人体を作成し、人体実験の代理としました。

この新たな人体は、人工培養された脳、肝臓、腸、結腸を備え、それぞれの臓器は免疫細胞を含む人工血液によってつながっています。

そのため生きている人間を用いることでしか確認できなかった、臓器同士の相互作用をリアルタイムで観察可能になり、解剖による倫理的な問題を克服しています。

またそれぞれの臓器はカートリッジ化されており、容易に交換可能とのこと。

このカートリッジ化の恩恵は非常に大きく、既存の実験では不可能であった、同じ体に対して、異なる脳をセットし比較することが可能となっています。

今回の研究では、同じ体に対して正常な培養脳とパーキンソン病を発症させた培養脳の2種類が交互にセットされ、相互関係が比較されることになりました。

2つの培養脳は、体との接続でどんな反応を起こしたのでしょうか?

培養脳は培養臓器との接続によって「目覚め」を起こす

人工臓器を組み合わせた「疑似人体」により脳と腸の密接な関連が明らかに
(画像=体との接続によって培養脳の活動が目覚めた / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

培養脳と体の接続は、非常に興味深い結果を残しました。

体との接続により培養脳は、まるで目覚めたかのように、恒常性遺伝子(生命に必要な基本遺伝子)の働きを増加させ、生きている人間と同じような糖やコレステロールの代謝経路を作動させました。

さらにセロトニン・ドーパミンなどの脳内物質やオキシトシンなどのホルモンを介したシグナル伝達を増加させたとのこと。免疫に関わるサイトカインなどの成分値も、生きているヒトの血液と近い数値に変化していきました。

これは、培養脳だけではみられなかった現象です。

この結果は、体との接続が、培養脳をより自然な人体の脳に近づける、ある種の「目覚め」の契機になったことを示します。

一方、パーキンソン病を発症させた培養脳も似たような変化(自然化)がみられたものの、短鎖脂肪酸に対する反応は正常な培養脳とは異なりました。

短鎖脂肪酸は腸内細菌の活動によって生成される物質として知られています。

正常な培養脳はこの腸から巡ってくる短鎖脂肪酸が健康維持に有用だったものの、パーキンソン病を発症させた培養脳では悪化の原因物質となり、タンパク質の異常な折りたたみと細胞死を引き起こしました。

この内容は、生きているマウスにおいて、腸内細菌の変化がパーキンソン病の悪化の原因であるとする、既存の研究結果と一致します。