バラバラだった細胞たちが勝手に集まって心臓をつくったようです。

5月20日に『Cell』に掲載された論文によれば、幹細胞を6種類の刺激剤で再プログラミングした結果、細胞たちが勝手に集まって(自己組織化して)鼓動する心臓のような球体を形成したとのこと。

球体の内部は左心室に類似してた空洞になっており、脈拍は内部の培養液を押し出すような動きをしていたようです。

これまで様々な人工培養臓器(オルガノイド)が作られてきましたが、自己組織化する心臓オルガノイドが作られたのは、今回がはじめてになります。

目次
バラバラだった細胞たちが勝手に集まって臓器となる「自己組織化」
6種類の分子スイッチが連鎖反応を引き起こす

バラバラだった細胞たちが勝手に集まって臓器となる「自己組織化」

バラバラの細胞を集め「自動的に心臓を作る」ことに成功。拍動し自己修復もできる
(画像=細胞が寄り集まって細胞塊になっていく様子 / Credit:Pablo Hofbauer et al (2021) . Cell、『ナゾロジー』より引用)

近年の急速な幹細胞技術の進歩により、単一の細胞から脳を含む多様なヒト臓器を培養できるようになってきました。

多能性を持つ幹細胞に対して適切な刺激を与えることで、脳や肝臓、皮膚、生殖器などあらゆる種類の細胞に変化させることが可能です。

興味深いことに、細胞たちの多くには自然に集まる性質があり、さらに適切な刺激を加えると実際の臓器を模倣するような複雑な構造を形成しはじめます。

この不思議な現象は「自己組織化」と呼ばれています。

例えばヒト脳細胞を培養して自己組織化させた場合、寄り集まった細胞は大脳や小脳など脳の各パーツに分化し、最終的には胎児の脳に似た複雑な脳波を発するようになります。

自己組織化の過程は高度に自動化されており、進行には特段の操作を求められません。

この恩恵は非常に大きく、研究者たちは細胞の持つ自己組織化を利用してさまざまな人工培養臓器(オルガノイド)を作り出し、人体実験の代用品として用いてきました。

しかし唯一、心臓の自己組織化だけは上手くいっていませんでした。

心臓は子宮の中で最初に形成される臓器の1つでありながら、外部環境での培養はとても難しかったのです。

そのため既存の技術で細胞から心臓を作ろうとする場合、3Dプリントなどの外部的な方法で「形作り」を行わなければなりませんでした。

ですが今回、オーストリア科学アカデミー(IMBA)の研究者たちは、あえてこの難題(心臓の自己組織化)に挑み、成功します。

困難だった心臓の自己組織化を、研究者たちはいったいどんな方法で成し遂げたのでしょうか?

6種類の分子スイッチが連鎖反応を引き起こす

バラバラの細胞を集め「自動的に心臓を作る」ことに成功。拍動し自己修復もできる
(画像=拍動する自己組織化した心臓オルガノイド / Credit:Pablo Hofbauer et al (2021) . Cell、『ナゾロジー』より引用)

心臓の自己組織化させるにはどうすればいいか?

答えを得るために、研究者たちは基本に立ち返って、胎児の発達段階を模倣する刺激を幹細胞に対して行うことにしました。

胎児の心臓が作り上げられていく過程を最初から再現することで、自己組織化を成功させようとする戦略です。

研究者たちは刺激剤の候補となる様々な化学物質やタンパク質を、様々な組み合わせや順番で幹細胞に注ぎ込む地道な実験を繰り返しました。

バラバラの細胞を集め「自動的に心臓を作る」ことに成功。拍動し自己修復もできる
(画像=幹細胞から心臓オルガノイドを作る大まかな流れ / Credit:Pablo Hofbauer et al (2021) . Cell、『ナゾロジー』より引用)

そして長い試行錯誤の末、6種類の因子をタイミングよく加えることで、心臓の自己組織化が行われることを発見します。

これらの因子が正しく加えられた幹細胞は、心臓の細胞に変化したのちに、次第に集まって内部に空洞をもつ球形の細胞塊になります。

さらに上の動画のように、本物の心臓と似た拍動を開始したのです。

また研究者たちが球体を詳しく調べた結果、拍動する心筋層に加えて、内部には心臓の血管系に必要な内皮層、外部には心臓の成長や再生にかかわる心外膜層が存在することが判明します。

この段階の心臓は構造的に、妊娠後28日目の胎児の左心室に似ています。

同時期のヒト胎児でも、血液を送り出す左心室は心臓の中で最初に発達する構造として知られています。

以上の結果は、幹細胞の適切な刺激によって心臓の自己組織化が行われ、心臓オルガノイドが完成したことを示します。

そうなれば、次はいよいよオルガノイドを用いた疑似的な人体実験です。

研究者たちは生きている人間の心臓では試せないさまざまな実験にとりかかります。