解剖学と力学的視点

ボディビルトレーニングでは筋肉の起始・停止を把握した上で、筋の走行方向にしたがって伸展・収縮させることが基本となります。また、ウエイトトレーニングを定義すると「重力に逆らった運動」ということになります。つまり、そこには解剖学だけではなく力学的な要素も多く含まれます。

例えば、ダンベルフライという種目があります。解剖学的に考えると、両方のダンベルが触れるくらいまで可動域を広げると大胸筋が収縮します。ただし、力学的な視点から考えると重力は縦方向にしかかかっていないので、水平内転させるような収縮(ダンベルをくっつける動作)はただ収縮しているだけで、主働筋に対する強度は上がりません。

また、解剖学的な見地から、よくバーベルカールで「上まで上げる」という人がいますが、それは危険なフォームです。肩の筋肉を使ってしまうことで、ケガもしやすくなります。上腕二頭筋の短頭が収縮すると、肘の位置は自然に少し上がります。「上げろ」というニュアンスはあまり正しくはありません。

ちなみに私のレッグカールの動作は少し膝が上がるのですが、それをビデオで見て「上げたほうがいい」と指導する方がいると聞いたことがあります。私は「上げる」というニュアンスの言葉は発していません。大腿二頭筋の上部を収縮させようとして、その結果、膝が上がるのです。「膝を上げる」 という意識で行うと、体がエビ反りになるので腰を痛めてしまいます。

筋肉をつけるには解剖学の知識も大切ですが、筋肉に対して発達させるためのシグナルを送るよう、力学的な側面からもフォームを考えていかなくてはいけないのです。

重心と支点

トレーニングでは経験則も確かに大事です。しかし、経験則だけで進めてしまうと、その方法が当てはまる人もいれば、当てはまらない人も出てきます。また、当てはまらなかった場合は、ケガをしてしまうリスクも高まります。

物理的に言えば、同じフォームで1回でも多く、1㎏でも重いものを上げていくと筋肉は発達します。ただし、バランスよく発達させて、筋肉がつきづらい部位に筋量をつけていくためには、対策を講じなければいけません。効く種目だけでは偏った体になってしまいます。

そこで「個人の評価」というものが必要になってきます。「自分にはこの方法は効かない」などではなく、「自分はこういう骨格をしているので、こういう方法が合う」、「柔軟性がなく筋肉が動いていないので、コンディショニングも行う」と考える必要があるのです。例えば、肩幅が広い人はロウイングやラットプルダウンなどでは肩甲骨が挙上するため、広背筋下部に効かせづらい傾向にあります。

では、どうするか。両腕でロウイング種目を行うと、脊柱に支点がくるため、僧帽筋の下部など上体の中心部分の筋肉が収縮します。これをワンハンドで行うと、支点が脊柱から引いた腕の側に移動するので、上体が少し後方に回転し、広背筋が収縮します。そして重心を引く方の腕の側に傾けて行うことで、支点と広背筋の距離が近づき、広背筋下部に効きやすくなります。

支点についての工夫は、サイドレイズでも同じことが言えます。ツーハンズでのサイドレイズでは上体の中心部に支点がくるので、動作中に僧帽筋が動いてしまいます。ワンハンドで行うと、支点が肩関節になるので、僧帽筋があまり関与しなくなるのです。

負荷を持ったときに重心と支点がどこにくるのかを頭に入れておくだけで、種目とやり方の選択の幅が広がるはずです。

トレーナーの方には、クライアントを評価しながらメニューを組んでいく能力が求められます。すべてのクライアントに対してすべて同じメニューを提供するトレーナーさんは“パーソナルトレーナー”とは言えないと思います。パーソナルトレーナー、またはネットパーソナルでメニューを組むのであるならば、お客さまをきちんと評価した上で、その方にあったメニューを提供できなければいけません。

ボディビル世界王者が解説「すべての種目に共通する考え方」
(画像=『FITNESS LOVE』より 引用)