宇宙環境は「マウスの革新」を促すかもしれません。
6月24日に理化学研究所の研究者たちにより『iScience』に掲載された論文によれば、宇宙生活を強いられた親マウスの「経験」が、子マウスの遺伝子の働きに変化を与えていたとのこと。
宇宙生活を経験したオスマウスの生殖細胞では、約3000個もの遺伝子において変化が起きており、影響は精子を通じて子マウスへと遺伝していました。
宇宙への適応によって解放された遺伝子は、子マウスにどのような変化を与えていたのでしょうか?
目次
宇宙生活を経験したマウスの遺伝子を調べる
宇宙生活により約3000個もの遺伝子のロックが解かれていた
宇宙への適応は「マウスの革新」を促す
宇宙生活を経験したマウスの遺伝子を調べる

近年になって、いよいよ宇宙旅行サービスが本格化してきました。
必要料金は依然として法外なものの、普及が続けば航空機や自動車のように、いずれは私たちの手に届く価格になる可能性があります。
しかし、より安全な宇宙進出を実現させるには、宇宙環境が生物に与える影響を知らなければなりません。
特に注目されるのが、生殖機能への影響です。
宇宙は重力が0に近いだけでなく、大気によるバリアが存在しないために大量の放射線が降り注ぐ環境にあります。
地球生物は宇宙でも生殖できるのか?
できるとしても、地上と全く同じなのか?
正確な答えや解決法を得るまでは、宇宙進出は常にリスクを負わなければなりません。
そこで今回、日本の理化学研究所の研究者たちは、マウスに宇宙生活を経験させ、生殖細胞や子どもたちにどのような変化が起こるかを確かめることにしました。
研究者たちは国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に、人工重力発生装置を備えた飼育ケージを運び込み、オスマウスを微小重力および人工重力環境(1G)で35日間飼育した後、地上のマウスとの比較を行いました。
結果、衝撃的な事実が判明します。
宇宙生活により約3000個もの遺伝子のロックが解かれていた

宇宙で過ごしたオスマウス(以下、宇宙マウス)の生殖能力に変化はあったのか?
研究者たちは答えを得るために、精巣の生殖細胞を詳しく調べてみました。
結果、不要な遺伝子の働きを抑え込む「ATF7」が2928個もの遺伝子から、脱落していることが判明します。
生物の体は、設計図であるDNAの書き換えによって変化する一方で、特定の遺伝子を働かないように「ロック」することでも変化します。
ロックはDNAの書き換えを行わないマイルドな変化ですが、ロックの位置は精子や卵子に乗って次世代に受け継がれるため、結果として子孫の遺伝子の働きを制御することになります。
特に、常に生産される精子の遺伝子は、その時々のオスの体調を反映してロックがかけられるため、オスの経験を反映した精子が作成されることになります。
ですが、実際に子どもを作ってみなければ、次世代に変化が遺伝したかどうかを確かめることはできません。
そこで研究者たちは宇宙マウスの精子を用いて子マウスを作り、遺伝子の働きに変化がないかどうかを調べました。
すると子マウスは全て健康ではあったものの、肝臓において19個の遺伝子の発現が上昇し、5個の遺伝子の発現が低下していることがわかりました。
また興味深いことに発現が上昇した遺伝子には、厳しい環境でも正確にDNAを複製するための遺伝子が含まれていました。
また発現が上昇した遺伝子の3分の1は「ATF7」によるロックから解き放たれたものと重複しました。
この結果は、宇宙生活という経験が親マウスの生殖細胞の遺伝子に課せられてたロックを解除し、その影響が子マウスの遺伝子の働きにも及んでいた可能性を示します。