難治性のうつ病は電極によって救われました。

米国カリフォルニア大学で行われた研究によれば、脳深部に埋め込まれた電極による1日300回の刺激が、難治性のうつ病から患者を救っているとのこと。

研究結果は以前に報告された成果の続報となっています。

研究内容の詳細は10月4日に『Nature Medicine』に掲載されました。

目次
脳に電極を埋め込んで喜びや快楽を発生させる
脳を監視する制御チップを15カ月運用してみた

脳に電極を埋め込んで喜びや快楽を発生させる

脳への電気刺激を制御チップで自動化し、うつ状態を解消させる技術が登場
(画像=脳に埋め込まれた電極とチップの参考例。図はステレオEEG実験のもの / 脳に埋め込まれた電極とチップの参考例。図は研究の基礎となるステレオEEG技術の例 / Credit:URMC . Neurology . thejns、『ナゾロジー』より引用)

うつ病は現代社会を生きる人々にとって、身近な存在になりつつあります。

しかし残念なことに既存の治療法は十分な成果をあげられていません。

薬物を用いた治療法は3人に1人が効かず、電気けいれん法(ETC)も10人に1人は効果が現れないからです。

そこで近年、新たに着目されているのが、脳に電極を埋め込んで、直接的に電気刺激を行う「脳深部刺激療法(DBA)」です。

刺激のターゲットとなったのは、主に快感・意欲などにかかわる「喜びの回路(報酬系)」です。

患者の脳内で喜びの回路を刺激し続けることで、うつ状態を脱却できると考えられているからです。

しかし、これまで行われてきた、うつ病に対する脳深部刺激療法(DBS)は非常に大味であり、決められた位置に対して単調な刺激を送り続けるだけで、効果も安定しませんでした。

そこでカリフォルニア大学の研究者たちは、治療精度を最大化するため、患者の反応をリアルタイムで観察することにしました。

研究者たちは、ボランティアとして名乗り出てくれた36歳の女性(サラ)の頭蓋骨に10カ所の穴を開け、さまざまな部位(眼窩前頭皮質、扁桃体、海馬、内包前脚腹側、腹側線条体、前帯状皮質)に電極を刺し込んで電気刺激(90秒ほど)して、サラの気分が好転する場所を探しました。

脳への電気刺激を制御チップで自動化し、うつ状態を解消させる技術が登場
(画像=偏桃体とVC/VSの位置 / Credit:UC San Francisco (UCSF)、『ナゾロジー』より引用)

すると興味深いことに、刺激される場所ごとに、喜びの質が異なることが判明します。

ある脳領域を刺激されるとサラは「うずくような喜び」を感じ、また別の場所では「霧が晴れたような覚せい感」、また眼窩前頭皮質を刺激されたときには「良い本を読んでいるときのような穏やかな喜び」をうみだしました。

この結果は、喜びの内容ごとに、担当する回路が異なる可能性を示唆します。

ですがより強烈な反応は、内包前脚腹側 / 腹側線条体(VC / VS)と呼ばれる領域を、より長時間(3分~10分)刺激した時に現れました。

この領域を刺激されるとサラは

「突然、心の底から本物の歓喜と多幸感を感じ、世界に色が戻ったように感じて笑みが絶えない状態に変化した」

とのこと。

重度のうつ病を患うサラはここ5年間、1度も笑ったことがありませんでしたが、この領域を刺激されると、クスクスとした笑いが込み上がってくることに気付きます。

研究者たちは、この領域(VC / VS)こそが、サラの治療に最適だと判断します。

(※今年の1月18日に『Nature Medicine』に掲載された論文には、この段階までのデータが主に掲載されています)

ですがより興味深い結果は脳から電極に流れ込んできた信号に含まれていました。

刺し込まれた複数の電極が感知したデータとサラの気分を分析したところ、うつ状態に入る直前に偏桃体において異常なガンマ波が発せられていることも判明します。

そこで研究者たちはサラの脳の偏桃体がガンマ波を発したタイミングを見計らって「VC / VS」に対して電気刺激を与えてみました。

すると不思議なことに、偏桃体でのガンマ波が収まり、サラの気分も好転しました。

この結果は、サラのうつ症状が偏桃体の異常な活動によって引き起こされているものの、「VC / VS」を電気的に刺激することで、回復できることを示します。

ただこれら成果をもとにサラを治療するには、偏桃体が発するうつ状態の兆候を感知して即座に「VC / VS」に電流を流す自動化された仕組みが必要でした。

そこで研究者たちは、制御チップを開発することにします。

脳を監視する制御チップを15カ月運用してみた

脳への電気刺激を制御チップで自動化し、うつ状態を解消させる技術が登場
(画像=脳を監視する制御チップを15カ月運用してみた / Credit:UC San Francisco (UCSF)、『ナゾロジー』より引用)

電気刺激の自動化のために、研究者たちは新たな制御チップを開発しました。

この新たな制御チップには上の図のように、偏桃体の異常活動を感知するための電極と、「VC / VS」に対する電気刺激を行う電極が付随しています。

このチップを用いることで、サラの脳の偏桃体がうつの兆候を示すと同時に、回復用の電気刺激を行うことが可能です。

研究者たちはサラの頭蓋骨の一部を剥がして、バッテリーと共にチップを骨の裏に来るように配置し、経過を観察しました。

結果、非常に有望であることが判明します。

装置が設置されてから15カ月間、サラは以前のような思いうつ状態を1度も経験しておらず、つらいことや悲しいことがあったとしても、乗り越えられるようになりました。

また刺激を可能な限り効果的にするため、研究者たちはサラの脳への信号強度を調節し、最終的には1回の刺激を6秒間続く1mAの容量に決定しました。

現在、サラの脳ではこの刺激が1日に300回(合計時間は30分)ほど発せられていますが、容量が低いためサラ本人は刺激に気付くことはありません。

また現在の使用レベルの場合、バッテリーの寿命は10年ほどもつとのこと。