AI技術の進展はこの社会に、淘汰される恐怖とチャンスへの期待とが交錯する状況を生み出している。チャンスをつかむ側に回るために求められるのは、変化を先読みする「未来予測力」ではないだろうか。

この未来予測力の磨き方について、企業の長期戦略立案のプロであり、先読み力が問われるクイズの世界でも活躍する鈴木貴博氏が、具体的な事例とともにアドバイスする。

※本稿は『THE21』2020年2月号より一部抜粋・編集したものです。

どんな劇的な変化にも必ず「予兆」はある!

未来予測力,鈴木貴博 (画像=THE21オンライン) ビジネス全般で未来予測の重要性が高まっています。中でも5年先の長期予測を外してしまうリスクが、企業にとっては最悪です。工場や物流施設の増設、ITの大規模投資、新分野への進出など、企業の存続を左右するレベルの投資の失敗に直結するからです。

一方で、未来予測の前提が突如崩れるサプライズが、常に経営者を襲います。「ここまでのレベルで貿易ルールの変更が断行されるとは」「まさかあのような大型合併が起きるとは」「あんな異業種企業が競争をひっかきまわすようになるとは」。

こういったサプライズは予測できるものなのでしょうか。

私は経営コンサルタントの中でもフューチャリスト、つまり未来予測を専門領域としています。この連載では未来予測の技術を紹介しながら、これから日本社会や経済に起きることを一緒に予測していきたいと思います。

さて今回の話題です。私はかつて勤務したコンサルティングファームで、未来予測の様々な方法論を叩き込まれました。そこで教えられた一番大切な教えは「サプライズは言い訳にはならない」ということです。

「どんな思いもよらない前提条件の変化でも、5年前にさかのぼってみると必ずその変化がおきる兆しを発見できる」と教わりました。

だから「誰にも予想できない変化が起きたのだ」という言い訳は、通用しないのだということです。そして予兆に気づくことができるかどうかは、奇妙な現象を見逃さないことにかかっている。そこに未来予測のテクニックがあると教えられたのです。

参院選補欠選挙の結果から見えること

具体的な例を挙げてみましょう。これはみなさんがおそらく知っているはずのニュースです。2019年10月に行なわれた参院選の埼玉での補欠選挙で前埼玉県知事の上田清司候補が圧倒的な得票率で当選しました。

強い支持基盤を持つ前知事の出馬で与党が対抗馬を出馬させることをあきらめたため、上田氏の当選は当然といえば当然の結果です。そのため投票率が20.8%と過去4番目に低い水準となったことも話題になりました。

しかしこの選挙では、それほど報道されていないもう一つの奇妙な現象が起きています。本来勝てるはずがないこの選挙に出馬した2位の候補の得票率が、13.6%だったことです。それが「NHKから国民を守る党」の立花孝志候補でした。

「NHKから国民を守る党」は、前回の参議院議員選挙で得票率が3%を超えて初めて政党要件を満たしたばかりの新しい党。そのN国党が埼玉県の東秩父村で8%しか得票できなかったことを除いて、それ以外のすべての市区町村で10%を超える票を獲得したのです。

これをただの奇妙な現象だと見るか、そこに本質的な変化のトレンドがあると見るかによって、未来予測に差が出ます。

この記事を読むまでN国党がそこまでの勢力になっていることに気づかなかった人は、ちょっと頑張ったほうがいいかもしれません。なにしろこういったことに気づかずにサプライズで大きな損失を出した前例があるのですから。

この話を最初に取り上げたのには理由があります。これと同じ現象でもっと世界経済に大きな影響を及ぼしたサプライズの前例を私たちは最近経験しているのです。

それは、米中で保護主義がエスカレートして起きた関税戦争です。

トランプ大統領の登場が象徴するものとは?

2016年の大統領選挙でトランプ政権が誕生し、トランプ大統領は公約通りこれまでのルールを破る形で関税を引き上げるとともに、従来の貿易協定も二国間交渉で大きく見直しを行いました。特にターゲットにされたのは中国とメキシコで、そのことから中国も報復的な関税見直しに出ます。

割をくったのはわが国で、アメリカへの輸出品もステンレス鋼などを中心に関税引上げの影響を受けましたし、主力の貿易国である中国からアメリカへの輸出が減少した結果、わが国から中国への工作機械や電子部品などの原材料の輸出にもブレーキがかかります。

日本の大企業で5年間の長期計画を2014~15年頃に作成した会社の場合は、アメリカと中国に対するビジネスの前提があまりに違ってしまい、計画通りに行なった工場建設や設備増強が裏目に出てしまったケースが出ています。

そこで同じ疑問が頭をよぎります。トランプ大統領の出現は予測できなかったのか? と。

そう考えて類似例を探すと、意外とたくさんあることに気づきます。イギリスでは誰も得をしないといわれたEU離脱が国民投票で決議されます。

今のボリス・ジョンソン首相はそのブレグジット推進派の筆頭です。韓国では反日的なメッセージを繰り返す文在寅候補が大統領に当選しました。

世界中に満ち溢れるポピュリズムの原点

トランプ大統領が当選するかどうか、16年以前の段階での予測は難しかったかもしれませんが、民衆をあおることで政権をとる政治家の出現がひとつも予測できなかったというのであれば、そこは少し予測能力に問題があるのではないかと考えなければならないほど、世界にはポピュリズムが満ち溢れるようになっています。

では世界にポピュリズムが蔓延するのが奇妙な現象ではなく時代の本質だと捉えたら、その変化はいつ、何が原因で起きたのでしょうか。

私は、08年のリーマンショックが時代の転換点だったと捉えています。

リーマンショック当時、大不況とともに大きな社会問題になったのが資本主義の暴走とアメリカ社会の分断です。本来はウォールストリートの金融機関が暴走してサブプライムローンという実体のない投資証券を買い漁り、その破綻が表面化したのがリーマンショックでした。しかしそれで打撃を受けたのは生活弱者です。

ローンの破綻で自宅を奪われた人だけではありません。リーマンショックが引き金でそれまで勤務していた会社が倒産したり、工場が閉鎖されたりして職を失う人が全米に続出しました。

リーマンショックを総括してみると、金融システムの破綻を恐れた行政の支援によって最終的に給料の高い金融業界での雇用は守られた一方で、かつてない大不況という形で農業、工業といった伝統的な仕事に関わってきた人たちが生活に打撃を受けることになりました。

1%の富裕層が99%の人々から富を奪っている。こういった資本主義の暴走が、この出来事をきっかけにアメリカという社会を分断したのです。

しかしここに大きなパラドックスが発生します。資本主義は99%の国民に不満を強いるのですが、そうなると不満を持つ層が民主主義では多数派になるのです。これがポピュリズム台頭のメカニズムです。

08年当時はまだそれでも「イエス・ウィー・キャン!」と大統領に就任したばかりのオバマ大統領が笑いかけると、国民も何か変えることができるのではないかと感じたわけですが、さすがにオバマ政権が8年続いて何も変わらないことがわかってくると、不満を持つ多数派の国民が力を発揮しはじめます。

16年の大統領選挙の1年前から私が度々「トランプ大統領は本当に出現するかもしれない」という予測を書き始めたのは、このような背景があったからです。そしてこの前提はいまだに変わっていません。

ですから20年に行われるアメリカ大統領選挙では、おおかたの予想を覆してトランプ大統領が再選される可能性は意外と大きいのではないかと私は見ています。一方でその対抗馬となる民主党の大統領候補レースは混迷状態にありますが、おそらく勝ち上がってくる候補も、過激なポピュリズム政策を強調する候補になることは間違いないと思います。

時代を動かす大きな力を見極めよう

さてこのメカニズムが解明されると、これから先の未来予測として何がわかるのでしょうか。

未来予測に一番重要なことはその時代や瞬間を動かしている大きな力に気づくことです。今回紹介した例でいえば、搾取される側の個人の不満が水面下で大きな力を蓄えているという現実があり、その圧力が何かのきっかけでさまざまな形で爆発するシナリオを想定しておく必要があるのです。

とはいえ噴出の形まではわかりません。これから先、20年代前半に個人の不安や不満が引き金になって起きるサプライズが、香港の大規模デモのような形になるのか、韓国の日本製品ボイコットのような形になるのか、それともまったく違う形で現れるのか。ここは現実的なシナリオを考える想像力が問われる部分です。

一方で、圧力が高まるほど爆発の危険が高まっていることは、誰にでも実感できます。わが国で言えば、仕方がないとはいえ消費税を10%にしたタイミングで、合法とはいえ「桜を見る会」に5500万円の税金が使われていることが問題になり、そこで何やらスマートフォンからもNHKは受信料を取ることにしたらしいというニュースが流れています。

だから、民意の爆発の危険を想定しておくことは、2020年代を予測するにあたっての当然の前提なのです。

鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)
(『THE21オンライン』2020年06月22日 公開)

提供元・THE21オンライン

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