原子力発電については、福島原発の事故など安全性に対する不安があります。

とはいえ、脱炭素を掲げる現代社会では、原子力に頼らないわけにはいきません。

そこで安全な次世代原子炉が世界中で研究されていますが、その実現に一番に漕ぎ着けそうだという国が現れました。

香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストは、中国政府が、冷却材を必要とせず安全性が高いとされる商用トリウム溶融塩原子炉の設計を発表したと報道しています。

中国政府の計画によると、2030年までにゴビ砂漠や中西部の平原にこの原子炉を建設する計画で、最終的には他国への輸出も検討しているようです。

原理的にメルトダウンを起こさないという、この安全性の高い溶融塩原子炉とは、一体どういうものなのでしょうか?

目次
原発事故はなぜ厄介なのか?
冷却材を必要としない原子炉

原発事故はなぜ厄介なのか?

発電所には、火力、水力、風力、原子力とさまざまな方法がありますが、すべてやっていることは同じで、タービンを回して発電しています。

磁石が導線の周りで動くと電気が生まれるというのは、小学校の理科でも教わることですが、発電所は結局この原理を利用しています。

人力自転車発電も原子力発電も、そういう意味では規模が違うだけでやっていることは同じです。

水力や風力は、自然の力でそのままタービンを回しているのでわかりやすいですが、では火力や原子力はどうやってタービンを回しているのでしょう?

それは、高熱を発生させてお湯を沸かし、その水蒸気でタービンを回しているのです。

ある意味蒸気機関ですね。

冷却材がいらない「新たな原子炉」の設計を中国が発表
(画像=火力発電と原子力発電の仕組み / Credit:電気事業連合会,原子力発電、『ナゾロジー』より引用)

原子力発電は、原子炉圧力容器に入っている個体のウラン燃料棒が核分裂をおこして周りの水を熱して水蒸気を作ります。

また、この水が冷却材として燃料を冷やす役割も担っています。

福島原発の事故では、電源がすべて失われたことで、この冷却材の水が正しく循環せず、どんどん蒸発してしまい、燃料が露出して高温になってしまいました。

これはその後、建屋の水素爆発やメルトダウンという事故につながってしまいました。

原子力発電に危険が伴うのは、事故が起きて電源が失われてしまった場合、この燃料の冷却や核分裂反応を完全に制御することが難しくなるためです。

加熱した燃料が溶け落ちて容器を突き破り、外に出てきてしまうことをメルトダウンと呼びます。

その後も燃料は高熱を保ち続けるため、なんとかして冷やさなければ事態を収めることはできません。

福島原発では露出した燃料を未だに水で冷やし続けているため、大量の汚染水をどうするかが問題になっています。

冷却材がいらない「新たな原子炉」の設計を中国が発表
(画像=福島第一原発の増え続ける汚染水タンク / Credit:経済産業省 資源エネルギー庁,東京電力ホールディングス株式会社、『ナゾロジー』より引用)

燃料をうまく制御して、事故が起きた際には速やかに冷やすということが、安全に原発を運用するためには重要なのです。

そこで、次世代の原子力発電として注目されている技術の1つが、冷却材を必要としない溶融塩原子炉です。

では、この原子炉はいったい普通の原子炉と何が違うのでしょうか?

冷却材を必要としない原子炉

燃料を冷やすのが大事と言っていたのに冷却材がないってどういうことよ?

と思うかもしれませんが、溶融塩原子炉では、燃料自体を液体として循環させることで、燃料自身を冷却材として利用しています。

溶融塩というのは、数百度以上に加熱して液状となった「塩(えん)」のことです。

ちなみにここで言う塩とは食塩のことだけでなく、酸由来の陽イオンと塩基由来の陰イオンがイオン結合したもののこと。

これを核燃料となるトリウムに混ぜて液状の核燃料としたのが、今回中国が設計しているトリウム溶融塩原子炉です。

下の図が、だいぶざっくりしていますが溶融塩原子炉の仕組みです。

冷却材がいらない「新たな原子炉」の設計を中国が発表
(画像=溶融塩原子炉の概略 / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

液体となった燃料に発火材として少量のウランを混ぜ、黒鉛で作ったトンネル状の原子炉内を通過させると、黒鉛が反射材となって核分裂が起こり、溶融塩が加熱されます。

この加熱された溶融塩が熱交換器でお湯を沸かし水蒸気を発生させます。

これがタービンを回します。

溶融塩は、再び循環して原子炉に戻り加熱されて熱交換器でお湯を沸かします。

ここで重要なのは、燃料自体が冷却材の役割も担っているということです。

溶融塩燃料は、沸点が700度近くあるため、水のような高圧で運用する必要がありません。

また核分裂反応を起こすのは原子炉の黒鉛に包まれたときなので、それ以外のところでは核分裂反応が進みません。

このため、電源が止まって循環が停止すると、自然と核分裂反応が止まるのです。

原子炉内の燃料は重力で原子炉の外に落ちていきます。(通常は原子炉の下にはドレンタンクという設備を用意する)

この方法だと原理的にメルトダウンは起こらないと考えられ、もし燃料が漏れるようなことがあったとしても、この燃料は空冷されて速やかに固体化するため環境への拡散もほとんど起こりません。

溶融塩原子炉は、原理もさほど難しいものには思えず、いいことばかりに見えます。

では、なぜいつまでも実用化されなかったのでしょうか?