失敗した南下政策と失った代償

1970年ごろ、GNP(国民総生産、当時はGDPではなくGNPを使っていた)で世界第二位、資産でいえば世界一の金持ち国家となった日本。その後、超円高になり1ドルが80円を切るほどの水準となった。この時点で、日本の製造業は世界中の優良企業を買収していった(そのほとんどが今は失敗となったが)。
また、大きく円高に振れた日本のアパレル企業は輸出が壊滅的となり、使い切れないほどの資産を持つ内需に目を向け、三菱商事、伊藤忠商事、三井物産などがアルマーニなど、世界の超高級ブランドを日本に輸入し、オンワード樫山、三陽商会がこれを受け持ち、百貨店を販路に売りまくった。この戦略は見事にあたり、高級ブランドは売れに売れた。ここでも、繊維原料から織物の輸出ビジネスからOEMビジネスに大きく舵取りを変えたのが商社だった。

 しかし、ここで商社は大きなミスをする。それは、「南下政策」だ。今になって島精機製作所のホールガーメント(無縫製ニット)がもてはやされているが、この技術は当時、90年代からあったにも関わらず、今でいうデジタル化、自動化を怠った。そして、中国大陸から東南アジア、タイ、そして今ではアフリカの隣まで、人件費の安い国を渡り歩いていったのだ。作った工場もノウハウもすべてスクラップしては作り、作ってはスクラップする、を繰り返し、日本で余剰となった技術者をアジアに送り込みハンズオンで指導をさせることで、品質を担保しながら為替変動に耐えたのである。冒頭の半導体工場の再設立を見ると、そのことを思い出す。

 いつしか、この南下政策は、日本の国力減退によるコスト競争に変わって行き、商社自らの存在意義さえも無力化させていった。こうして、過去30年の歴史の中で、ニット製品は「国産」が日本から消滅したが、梳毛と言われるウール、化合線繊維、ジャージーの一部やデニムなどは、個別企業の戦略により世界のトップメゾンと組みブランド力を高め、新しい機能性素材を世界に先駆けて開発するなどして生き残っていった。しかし、彼らはごく少数となり、商社の高い固定費をまかなえるほどの物量は期待できなくなり、市場規模は90年の15兆円をピークに、今では7兆円と半分になっている。これがコストを追い求め、近視眼的視座で蓄積したノウハウを簡単に捨てた代償である。

アパレル勝ち残りに商社は不可欠

「アパレルビジネスは内需産業」というのはあやまった考えだ。正確には、内需があまりに強すぎたため、海外に出る必然性がなかったのである。当時は、今では死語となった「マンションメーカー」という言葉通り、「ファッションでジャパンドリーム」を夢見る若者がマンションの一室を借り、国内マーケット向けにビジネスをスタートしたものだ。そして、瞬く間に巨大化し、今でいう「ユニコーン企業」のように、当時のアパレル企業は急成長していった。それが、ファイブフォックス、サンエーインターナショナルといった名門企業の起こりである。
だから、商社も原料の輸出から製品の輸入に舵取りを変えても、平均年収1000万円以上という高額な給与を生涯にわたって得ることができたのだ。

 同時に、アパレル産業は「オワコン産業」というのも間違っている。これは、上記の通り「日本で神風が吹く」と今でも思っている体質が世界化を怠ったからだ。現実に、ファーストリテイリングは10年前から世界の売上・利益が日本を抜き、日本を代表する名門企業になっている。冒頭に書いたように、アジア・パシフィックを一つのリージョンと捉えれば、アパレル産業は年平均成長率が10%近い成長産業であり、もともと日本は「世界から金を稼ぐ」ことが得意な民族であり、他産業でもそのようにしてきた。

 私は今日、渋谷の街を歩きながら、若者の姿を見て「ここまで格好良い都市があろうか」とひとりごちたほどだった。それほど、東京はアジアのファッションリーダーたる可能性を秘めている。
しかし、そのためには、バリューチェーン上の紡績工場、商社、アパレル、リテーラーがそれぞれ、今までの成長産業である時代とは全く異なる戦略を執らねばならない。そして、繰り返しになるが日本の99.7%が中小企業である日本企業をデジタル化し、高い生産性を持ち世界化するには、どう考えても商社の力(人、資金、海外ネットワーク)がなければ不可能だ。

 私は、この続新産業論を執筆するにあたり、研究会を立上げ、また日本の有能な経営者達と幾度もディスカッションを繰り返してきた。そして、私の出自であり、日本という国をここまでにした立役者であり、株式市場ではコングロマリットディスカウントにより万年PBR1.0を割っている、いわば海外では認められがたい商社こそが、繊維・アパレル産業の成長を日本にもたらすという大胆な論を展開したい。次号から、その必然性と5年後のアパレル産業の姿を予想する。

 異論・反論は大歓迎であり、前向きな討議にはいつでも参加したい。


プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

「アパレルはオワコン」は勘違い!日本アパレル復活に商社が果たしてきた役割と不可欠な理由
(画像=『DCSオンライン』より引用)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト

提供元・DCSオンライン

【関連記事】
「デジタル化と小売業の未来」#17 小売とメーカーの境目がなくなる?10年後の小売業界未来予測
ユニクロがデジタル人材に最大年収10億円を払う理由と時代遅れのKPIが余剰在庫を量産する事実
1000店、2000億円達成!空白の都心マーケットでまいばすけっとが成功した理由とは
全85アカウントでスタッフが顧客と「1対1」でつながる 三越伊勢丹のSNS活用戦略とは
キーワードは“背徳感” ベーカリー部門でもヒットの予感「ルーサーバーガー」と「マヌルパン」