生物を脊椎動物に進化させた遺伝子が発見されました。
9月16日に『Nature』に掲載された論文によれば、私たち人間を含む脊椎動物の受精卵は、途中までは無脊椎動物として発達するものの、この特別な遺伝子が働くことで脊椎動物になれるようです。
また、原始的な脊椎動物として知られるヤツメウナギにおいて、試しにこの脊椎動物化を担当する遺伝子を削除してみたところ、まるで先祖返りしたかのようにヤツメウナギが無脊椎化してワームのような姿に変化することが判明しました。
いったい研究者たちは、どんな遺伝子を破壊してしまったのでしょうか?
目次
私たちヒトの受精卵も最初は無脊椎状態
脊椎動物化を担当する遺伝子を魚から探す
私たちヒトの受精卵も最初は無脊椎状態
生命が誕生したのは38億年前と言われています。
しかし私たち脊椎動物が誕生したのは、かなり時間が経過した5億年前です。その間、30億年以上、地球の生命は無脊椎動物が中心の世界でした。
そのため、脊椎動物の受精卵も最初は無脊椎動物的な状態に置かれており、後になってから脊椎動物的な要素が優勢になってきます。
これは生物学の分野では、個々の胚発生が系統の誕生過程をなぞる原則として知られています。
私たち人間の胎児が初期に尻尾が目立つのも、胎児の成長がヒトという系統の誕生過程をなぞるからです。
ただ、これまで研究者たちは、脊椎動物化は1つの遺伝子が支配するのではなく、複数の異なる遺伝子が重複を繰り返す過程のなかで、脊椎動物の体を作り上げていたのだと考えてきました。
このような見解は、生物進化が複数の要因からなるマイルドなものであるとする意見からきています。
これは一部では確かに当てはまります。
例えば犬や猫の脚の長さを変えるのは、特定の遺伝子のアル・ナシではなく、どの個体にも存在する遺伝子の繰り返しの数やマイナーチェンジであることが判明しているからです。
しかし生物は時に、マイルドな変化では説明できないような劇的な進化を起こします。
アメリカ、コロラド大学のスクェア氏らは、そのような劇的な進化、例えば脊椎動物の誕生といったような大きなイベントには、遺伝子の重複数や複雑にからみ合った相互作用よりは、1つの決定的な遺伝子の登場が重要な役割を果たすと考えました。
ただ「単一遺伝子原因説」を証明するに当たって、実験動物として馴染み深いカエルやマウスを用いるのは困難でした。
両生類やハ虫類、鳥類、哺乳類といった、いわば後になって出現した脊椎動物は、進化の過程で多くの遺伝子変化を経たために、脊椎動物化を決定づけた遺伝子がぼやけてしまっていたからです。
果たして、どの種からどの遺伝子を引き抜けばいいのか、研究者たちは対象をどうやって絞り込んだのでしょうか?
脊椎動物化を担当する遺伝子を魚から探す
実験対象とする種と遺伝子を探す手段として、スクェア氏らは魚の遺伝的な歴史を調べました。
魚は地球で最初の脊椎動物であり、魚の遺伝子を系統的に分析することで、脊椎動物の起源に迫れると考えたからです。
その過程は、上の図のような系統樹で示されています。
この系統樹によれば、私たちに馴染み深い硬い骨をもった魚たちは、かなり後期になって誕生したことがわかります。
また系統樹を遡れるだけさかのぼることで、後になって作られた遺伝子を取り除き、脊椎動物化に必要な遺伝子を絞っていきました。
結果、実験対象をヤツメウナギからエンドセリンという遺伝子を引き抜く(ノックアウトする)ことにしました。
ヤツメウナギは上の系統樹からもわかるように、最も原始的な脊椎動物です。
またエンドセリンは、脊椎動物に特徴的な遺伝子であり、脊椎動物に特有の体のパーツを作るのに必須であると考えられています。