ヒトであってもクジラであっても生物の細胞サイズには大きな違いがありません。
そのためシロナガスクジラやゾウなどの大型動物は、ネズミなどの小型動物に比べてはるかに多くの細胞を持っています。
がんは細胞のエラーなので、「細胞数の多い大型動物の方が、がんになる確率が高いのでは?」と思われるでしょう。
しかし実のところ、どの動物もサイズに関わらず、がんになる確率はほぼ変わらないのです。
この生物学的な矛盾は「ピートのパラドックス」と呼ばれており、完全な答えは未だに提出されていません。
ただし科学の進歩によって判明してきた部分もあり、今回はそれらに基づいたいくつかの仮説を紹介したいと思います!
目次
がんは細胞の数に比例しない!? 「ピートのパラドックス」とは
大型動物は多くの腫瘍抑制遺伝子を持っている
がんは細胞の数に比例しない!? 「ピートのパラドックス」とは
最初にがんが生じるメカニズムについて簡単に説明します。
私たちの細胞は、いわばタンパク質のロボットであり、数億の部品(タンパク質)から成り立っています。これらは様々な化学反応を引き起こし、自分と同じコピーを作成することも可能です。
細胞内では化学反応が絶えず起こっており、その反応は何年にも渡り、何十億回、何十兆回と繰り返されています。
当然、その中では小さなエラーが生じることもあります。
通常、問題を引き起こす細胞は免疫機能によってすぐに削除されるのですが、この消去も見落とされることがあるのです。
エラーを起こした細胞つまりがん細胞は、身体からの命令を無視して増え続け、周囲に悪影響を及ぼします。
このがんのメカニズムを考えると、がんの発生は確率論で表現できるはずです。
さて、細胞のサイズは動物間で大きな違いはありません。ほとんどの哺乳類の細胞サイズは10~100マイクロメートルの間に収まっているのです。
もちろん身体のサイズは動物によって大きく異なります。
つまり、身体が大きければ大きいほど、たくさんの細胞を持っており、その中からがん細胞が生まれる確率も高くなると考えるでしょう。
しかし、現実はそうではありません。
人間はマウスより50年以上長生きし、1000倍の細胞を持ちますが、がんになる割合は同じなのです。
さらに100年以上生き、人間の3000倍の細胞をもつシロナガスクジラはむしろ、がんになることがほとんどありません。
大型動物は本来予想されるよりも、はるかにがんになる確率が小さかったのです。
1977年、統計学者かつ疫学者であるリチャード・ピート氏はこの点を指摘し、この問題は「ピートのパラドックス」と名付けられました。
その原因はどこにあるのでしょうか?
大型動物は多くの腫瘍抑制遺伝子を持っている
ピートのパラドックスを引き起こす原因は、現代でも完全に解明されたわけではありません。
しかし関係するいくつかの要素はすでに発見されており、それらは仮説として挙げられています。
例えば、「大型動物は腫瘍抑制遺伝子をたくさん持っている」ことも分かってきました。これはエラーした細胞に自殺を命じる遺伝子です。
2015年の研究では、人間や他の哺乳類が1つしか持っていない腫瘍抑制遺伝子をゾウは20個も持っていると判明。
「細胞エラーの見逃し」はがん発生に繋がるので、この遺伝子を多く持っている大型動物は、細胞の数が多くても見逃しが少なくなり、がんになりづらいのです。