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物理学を揺るがしたもう一つの問題 「原子の中身」
コペンハーゲン学派の開祖 ニールス・ボーアの登場

物理学を揺るがしたもう一つの問題 「原子の中身」

19世紀の終わりから20世紀の初め、光量子の問題と共に、もう1つ物理学界を揺さぶっていた問題があります。

それが原子の中はどうなっているのか? という問題です。

これは、レントゲンのX線発見の報告を発端に物理学の重要なテーマになっていきます。

この分野で目覚ましい活躍をした物理学者の一人が、アーネスト・ラザフォードです。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=「あらゆる科学は、物理学か切手集めのどちらかだ」アーネスト・ラザフォードの肖像 / Credit:Wikipedia Commons、『ナゾロジー』より引用)

ラザフォードは、アルファ線、ベータ線(当時はウラン線と呼んでいた)の発見をはじめ、助手のガイガーと共に放射性崩壊による元素変換を発見してノーベル化学賞を受賞するなど、目覚ましい成果をあげます。

彼の功績はまだ原子の存在自体を疑問視する物理学者が多かった時代に、原子の実存性を決定付けるものでした。

そんなラザフォードとガイガーの最初の大きな功績は、アルファ粒子の正体がなんであるかを研究しているときに発見されました。

ガイガーは金箔にぶつけたアルファ粒子がたまにあり得ない方向へ散乱することに気づくのです。

さらに研究をすすめると、あろうことか跳ね返ってくる粒子があることも発見されます。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=ガイガーは金箔で高エネルギーのα粒子が弾かれるのを確認する / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

なぜ高いエネルギーを持つアルファ粒子が、薄っぺらい金箔で跳ね返るのか? これは紙の壁に大砲を打ち込んだら、そのままこちらへ跳ね返されたというくらい衝撃的な現象でした。

ラザフォードはこの原因が原子の構造にあると考えました。

そして、原子の中身が正電荷の大きな核を中心に電子が惑星のように軌道を描いて回っているという原子核モデルを思いつくのです。

アルファ粒子は正電荷の粒子です。アルファ粒子が極稀に跳ね返るのは正電荷の原子核にぶつかったためで、たまに散乱を起こすのは、原子核の周りに浮かぶ電子の極近距離を通って影響を受けたためと考えたのです。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=金箔にぶつけたα粒子の振る舞いからラザフォードが考えた原子の構造。 / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

このときラザフォードの考えた原子核モデルは厳密には正しくないのですが、現代の私達が原子を思い浮かべるイメージの原型になりました。

このモデルは、正確では無いにも関わらず、カッコいいので今でもアメリカ原子力委員会の記章になっています。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=アメリカ原子力委員会の記章(左)。ラザフォードの原子核モデル(右)。/Wipedia Commons、『ナゾロジー』より引用)

しかし、このモデルは発表当時は真面目に受け取られませんでした。

なぜなら古典物理学の理論では、このモデルは成立しないからです。

荷電粒子が高速で運動した場合、そこからは電磁波が放射され、電子はたちまちエネルギーを失います。これはマクスウェルの電磁気学から明らかにされている事実です。

そうなると電子は軌道を描いて惑星のように回り続けることはできず、たちまち原子核に墜落してしまうのです。

ラザフォードは実験結果からこれがかなり正しい原子の姿だと考えていましたが、本人を含めて当時は誰もそんな原子モデルが現実に成立するとは信じることができませんでした。

こうした中、ラザフォードの研究室に新たなメンバーとして加わったのが、量子力学の最重要人物ニールス・ボーアです。

コペンハーゲン学派の開祖 ニールス・ボーアの登場

量子力学の歴史を語る上で欠かすことのできない人物がニールス・ボーアです。

彼はこの歴史物語の最後まで、アインシュタインと共に登場し続けることになります。

当時のボーアはJ・J・トムソンの研究室に所属していましたが、知り合いにラザフォードを紹介され、その人柄に惚れ込んでラザフォードの研究室へと移籍してきます。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」ニールス・ボーアの肖像 / Credit:en.Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

ボーアは、ラザフォードの考えた原子核モデルはかなり現実に近いと考えていました。

そして、原子核に電子が落ちないようにするためにはどうしたら良いかを考えはじめます。

そこでボーアが採用したのが、電子の軌道の量子化でした。

電子は自由にどんな軌道でも回れるわけではなく、決まったエネルギー準位の軌道だけを回っていて、その軌道にあるときはエネルギー放射を行わないと仮定したのです。

これは実際はどうであれ、まずは実験結果と一致した法則を作り出すという、プランクと同様の手法でした。

こうした理論を模索する中で、ボーアはいくつかの重要な研究に出会います。

その1つが、当時物理学者たちの間で謎となっていた元素の線スペクトルの問題でした。

化学の分野に、金属を燃やしたとき元素に応じて炎の色が変わる炎色反応という現象があります。

これは昔から知られているものでしたが、19世紀になると、この炎が放つ光のスペクトルに特定の線が入るということが知られるようになります。

元素によってこの線のパターンは決まっていました。いわば元素ごとに持つ光の指紋だったのです。

そのため線スペクトルは、現代では天文学において、はるか遠くの天体の構成元素を知るために利用されています。

しかし当時は謎の現象でした。

そんな中、数学者のヨハン・バルマーは実験データからこの線スペクトルの出現する波長を予測する方程式を見つけ出します。

ただ、線スペクトルが現れる理由はわかっておらず、なぜバルマーの式が線スペクトルを予測できるのか誰にもわかりませんでした。

しかし、バルマーの式を見たボーアは、これが電子の軌道に関係しているということに気づくのです。

そして、線スペクトルの正体は「原子内で電子が軌道をジャンプした際に放射したエネルギー」なのだと考えました。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=ボーアが考えた炎色反応で線スペクトルが刻まれる理由 / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

原子内で決まったエネルギー量の軌道を回る電子は、炎などで外部から熱エネルギーを受けた場合、エネルギー量の高い軌道へ移動します。

しかし、電子はすぐにそのエネルギーを放出して安定した最低エネルギー状態の軌道へ戻ろうとします。

そのため炎色反応の光では、この放出されたエネルギーが、光の筋となって線スペクトルに現れるのです。

ボーアの計算したところ、これは軌道ごとのエネルギー差の予想と見事に一致しました。

そして、このとき放出されるエネルギーも、やはりプランクが発見したhνという量子で導くことができたのです。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=水素の電子軌道。熱エネルギーで励起された電子が定常状態へ戻る(左)。線スペクトルの例(右)。 / Credit:JabberWok,en.Wikipedia/九州大学 大学院理学研究院 物理学部門、『ナゾロジー』より引用)

ラザフォードの原子モデルには電子が原子核へなぜ落ちないのか? という問題がありました。

しかしそれは、ボーアによって、電子には安定軌道があると証明され解決します。

この原子モデルの確立というボーアの仕事は世界で高く評価され、彼はその功績により祖国デンマークのコペンハーゲンに自らの研究所を設立します。

それは後に、量子力学研究の重要拠点となり、世の研究者たちから「コペンハーゲン学派」と呼ばれることになるのです。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」
(画像=コペンハーゲン学派の拠点となったニールス・ボーア研究所 / Credit:Wikipedia Commons、『ナゾロジー』より引用)

研究所設立の翌年、1922年、ボーアは原子物理学におけるこれらの功績によってノーベル物理学賞を受賞します。

量子力学の世界は、こうして少しずつ開拓されていきました。

しかし、この時点では、まだプランク定数で現される量子が一体なんなのか? 単なる計算の都合なのか、誰も説明することはできませんでした。

実験結果と一致する理論(方程式)が少しずつ、発見されていくだけだったのです。

※こちらの記事は2020年に配信されたものを大幅に改訂して再配信しています。 続き:歴史で学ぶ量子力学【改訂版・2】


参考文献

量子革命: アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突 (新潮文庫)


提供元・ナゾロジー

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