親の「経験」は遺伝するようです。
6月7日に米マウントサイナイ医科大の研究者たちにより『Journal of Neuroscience』に掲載された論文によれば、うつ状態にあるマウスの精子は遺伝活性が変化し、子どももストレスに対して弱くなるとのこと。
つまり、親の「経験」が精子に乗って子どもに遺伝していたのです。
にわかには信じられない話ですが、論文が掲載されたのは40年もの歴史がある神経科学分野では有名な科学雑誌であり、信ぴょう性は確かなようです。
しかし、いったいどんな仕組みで「経験」の遺伝が起きていたのでしょうか?
目次
「経験」の遺伝を確かめるため、まず親をイジメる
「重いうつ状態」の親からはストレスに弱い子どもが産まれる
「経験」の遺伝を確かめるため、まず親をイジメる
古い生物の教科書には、親が後天的に「経験」した出来事は、遺伝しない。
という記述があります。
親が膝に矢を受けても、生まれてきた子どもの脚は不自由にはならないのは、この「経験は遺伝しない」という法則が存在するからです。
ですが、近年の遺伝学の成果により、必ずしもそうとは言い切れないことが明らかになってきました。
哺乳類(マウス)でも親のストレスが子どもの気性に大きく影響するという結果が出始めたのです。
しかし反論する意見もありました。
マウスのような哺乳類は子育てを行い、親子の綿密な関係性が築かれるため、親が受けたストレスは、親の行動を通して子どもに影響を与えずにはいられないという意見です。
そこで今回、アメリカのマウントサイナイ医科大の研究者たちは、論争に決着をつけるために、新たな実験を行うことにしました。
実験はまず、マウスを慢性社会的敗北ストレス状態にすることからはじまります。
これはマウスの縄張り意識を利用した手法です。
体格の優れた攻撃的なオスのマウスの檻の中に、体格の劣る弱い他のオスのマウスを入れて故意に「イジメ」を繰り返させます。
すると弱いマウスは一種の「うつ状態」に陥り、引きこもりや快感喪失を起こすほか、好物である砂糖水への興味を失うといった、大きな精神的変質を起こします。
「重いうつ状態」の親からはストレスに弱い子どもが産まれる
慢性社会的敗北ストレス状態という「経験」を与え終えると、次に研究者たちはしばらくマウスたちを観察し、
①ストレスからの回復力が強いグループ(軽いうつ状態)
②ストレスからの回復力が弱いグループ(重いうつ状態)
に分類しました。
そして双方のグループに子孫を作らせ、生まれてきた子マウスのストレス耐性を調査。
結果、ストレスからの回復力が弱い父親から生まれた子マウスほど、社会関係におけるストレス耐性が弱いことが判明します。
ですがこの段階では環境要因が完璧には排除できません。
あるいは、弱い親から弱い子が生まれただけとも解釈可能です。
「経験」の遺伝を証明するには、遺伝子レベルでの変化を示す、より直接的な証拠が必要です。
そこで研究者たちは双方のグループのマウスから精子を採取し、遺伝解析を行いました。
すると、衝撃の事実が判明します。