世界は壁抜けの達人で満ちているようです。
12月18日に『Science』に掲載された論文によれば、音の不思議な壁抜け現象を確認したとのこと。
発せられた音は、スタジオの防音壁よりも遥かに手ごわい完璧な音の絶縁バリア(フォノン結晶)を減衰することなく100%の出力を維持したまま通り抜け、向こうの空間に抜けていきました。
研究成果を応用することで、音響の世界は全く新しい段階に入るでしょう。
しかし、いったいどうしたら全く減衰しないまま音がバリアを壁抜けできるのでしょうか?
目次
完璧なバリアは完璧なザルだった
音にとっての完璧な壁を用意する
完璧なバリアは完璧なザルだった
完璧なバリアというのは、子どもでなくても誰でも憧れがあるものです。
あらゆる外部からの攻撃や振動を遮断し、自分だけの清浄な空間を持てるとしたらどんなに幸せでしょう。
しかし残念なことに、完璧なバリアというのは、人間の脳内にしか存在しない概念のようです。
光や電子といった波の性質を持つ存在は、どんなに堅牢なバリアでも確率的に通り抜けてしまう通常のトンネル効果をもつだけでなく、むしろ強固な壁に垂直に当たると100%通過してしまうという、特殊なトンネル効果を発動させるのです。
この常識にも直感にも反する型破りな現象はおよそ100年前、クライン氏によって理論が提唱さ「クラインのトンネル効果」と名付けられました。
このクラインのトンネル効果と呼ばれる理論が発動した場合、理論上、完璧な壁こそが最も完璧なザルに変貌します。
しかし今日にいたるまで、クラインのトンネル効果を直接的に観測する試みは失敗に終わっていました。
ですが今回、研究者たちは光や電子と同じく波としての性質を持つ「あるもの」を観測対象とすることを思いつきます。
音にとっての完璧な壁を用意する
クラインのトンネル効果を観測するにあたり、研究者たちが光や電子の代用品として選んだものは「音」でした。
音は光や電子と同じく波としての性質があります。
そして音を完璧に遮断する壁として「フォノン結晶」を選びました。
自然界に存在する物質には光や音を吸収も透過もさせない「光の絶縁体」や「音の絶縁体」は存在しません。
どんな物体でも光があたるとエネルギーを吸収するか、ガラスのように透過させてしまいます。
同様にどのような物体でも音波があたると振動エネルギーを吸収するか、隣接する物体がある場合は揺れを通して音を伝達してしまいます。
ですが、上の図のように、光や音の周期構造を反映した穴あき板を人工的に作ることで、光を絶縁するフォトン結晶や音を絶縁するフォノン結晶が作れるのです。
今回の実験では音を絶縁するフォノン結晶が作成され、音波に対する完璧な絶縁壁となり、音波を阻止することになりました。
もしクラインのトンネル効果が正しければ、音はこの完璧な壁をトンネル効果で通り過ぎ、出力を全く減衰させることなく向こう側の空間に飛んでいくはずです。
実験を行った結果は明白。
音は壁に接触したときと全く同じ出力を維持したまま、壁の向こうに向けて飛んでいく様子が観測されたのです。