「利休鼠の雨が降る」
そんな文章を国語の教科書で読んだ記憶のある人は多いでしょう。
ある言語がもつ色表現の豊かさは、その言語の話者が、色についてどれだけ話す必要があるかで違ってきます。
米ペンシルベニア大学の研究チームは、130種類の言語から収集したデータを用いて、ある言語が特定の色について話す必要性(多彩さ)を推測するアルゴリズムを開発しました。
これは言語の形成を進化論的に解釈した、数学的洞察を含む研究だといえるでしょう。
地域文化と言語が持つ色表現のバリエーションには、どんな関係や意味があるのでしょうか?
研究の詳細は、科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に9月28日付で掲載されています。
目次
言語が異なっても色の認識は一致している?
自分の見ている緑という色は、本当に他に人から見ても同じ緑なんだろうか?
なんてことは、中学生くらいになると誰でも考えることのようです。
同じようなことは言語学者も考えます。
50年以上前、人類学者のブレント・バーリンと言語学者のポール・ケイは、アメリカ人の話す「Green(グリーン)」という色は、フランス人が話す「vert(ヴェール)」と同じものなのか? ということを考えました。
そこで彼らは130の異なる言語コミュニティを尋ねて、330色のカラーチップ(下図A)を提示し、言語が表現する代表的な色に対応する色彩を決定する「World Color Survey」という大規模な研究を行ったのです。
すると、面白いことにまったく異なる言語であっても、ほぼ同じ様に色を分類する傾向があるとわかりました。
さらに「もっとも赤い色」や「もっとも緑と感じる色」などを尋ねると、どの言語でも焦点となる色は非常によく一致していたのです。
つまり、私がみている「緑」は他の人にとっても「緑」だったのです。
原因は生物学的なものでした。
言語や文化が違っても私たちの目の機能は同じです。そのためどの地域でも基本的な色の認識に違いがないと考えられるのです。
一方で、いくつか興味深い違いも明らかになりました。
言語が違うと特定の色合いに対する表現の多彩さが異なっていたのです。
そこで研究者たちはこの違いが、特定の色について、話しに登場させる頻度(ニーズ)に差があるせいなのでは? と考え、実証を試みました。
色の表現と言語の進化論的解釈
なぜ言語によって、色表現の多彩さに違いがあるのか?
研究者たちは、色表現の多彩さは会話の中で求められるニーズに依存していると考えました。
たとえば、冒頭にあげた利休鼠は、草木を透かしてみた雨の色を表現したもので、灰色がかった深い緑色だとされています。
日本語の豊かな色彩感覚は、特定の雨の色に対して「利休鼠」と名前を付けるに至りました。
ただ残念なことに日本人以外は「利休鼠」の色合いを知る人は、多くはありません。
同様に日本では「こんがりきつね色になるまで焼いてください」という表現が登場しますが、きつね色という認識は日本語圏を超えるとバラバラになり、コミュニケーション上の齟齬が生じてしまいます。
そこで研究者たちは、日本語を含む130種類の言語がそれぞれ、色に対してどれほど多彩な表現を持っているかを定量化するアルゴリズムを開発しました。
結果、ある言語が特定の色合いに対して、どれほど多彩な表現(ニーズ)を持つかをスコア化することに成功します。
このアルゴリズムが算出するスコアを見れば、文化・言語・民族・国境・自然環境などの要因が、色表現のニーズ算出にどのように貢献しているかを知ることが可能になります。
しかしより興味深い結果は、データをまとめ上げた段階で明らかになりました。
データをまとめると、日本語やアラビア語といった特定の言語が持つ色表現のスコアではなく「人類全体」の種としての傾向が現れたからです。
人類は種として色表現にどのような傾向をもっているのか?
調査を行うと、人類種は赤や黄色などの暖色系の色が、他の色に比べて30倍も需要が高いということがわかりました。
これは人々の中で、暖色系の色に関するコミュニケーションの必要性が高いという、これまでの研究結果と一致しています。
一方で、茶色がかった緑とか、パステルカラーはほとんどの人が気にしていませんでした。
ではなぜ、暖色系の色の需要はそれほど高いのでしょうか?