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常に影のほうのドットが明るくみえる訳ではない
脳に辿り着く前に錯覚は起きていた
point
- 明るさにかかわる錯覚の原理は100年以上研究されている
- 脳が錯覚に介在している場合、ありえない錯覚のパターンが見つけ出され、脳の錯覚への介在が疑われる
- 実験の結果、明るさの錯覚は脳でなく網膜の単純な神経回路で起きていた
上の図は明るさを用いた錯覚を引き起こす典型的なものです。
影の部分にある「B」が描かれたマスは、明るい部分にある「A」と描かれたマスはより明るくみえます。
ですが、周りのマスをはぎ取っていくと、実際は同じ明るさにあることがわかります。
脳を研究する研究者たちは、この錯覚(明るさ、輝度コントラスト)の背後にあるメカニズムを、100年以上にわたって解明しようと努めてきました。
しかし、ヒトの認識にかかわる部分は容易に解明できませんでした。
研究者たちはただ漠然と、「脳の調節機能にかかわる高度な働きが関与しているのだろう…」と、考えるしかなかったそうです。
ですが新たなMIT(マサチューセッツ工科大学)主導の研究によって、輝度コントラストの錯覚の発生地点は脳ではなく、網膜であることが証明されました。
錯覚は私たちの脳に辿り着く前の段階で、既に起きており、脳は後から認識するに過ぎないというのです。
MITの研究者たちは、認識問題の霧をどうやって切り抜けたのでしょうか?
常に影のほうのドットが明るくみえる訳ではない
画像をみると、まず脳は画像の各位置の明るさを特定します。
しかしながら、この特定は画像から発せられる光量に比例するとは限りません。
私たちの知覚は、特定の場所の色の濃さを、その場所を照らしている光の量とかけあわせて認識するからです。
そのため、上の図のように、影の場所にある明るいドット(右上と左下)に認識力を多く注いだ場合、明るい場所にある暗いドット(左上と右下)よりも、明るくみえる錯覚を起こします(実際には左右のドットは同じ色)。
反対に、明るい場所にある暗いドット(左上と右下)に認識力を多く注いだ場合、影の場所にある明るいドット(右上と左下)がより明るくみえてしまいます。
問題は「そのかけあわせが何処で行われているか?」になります。
錯覚の研究が盛んにおこなわれるようになった19世紀から現在に至るまで、このかけあわせは脳で行われると考えられてきました。
脳の明るさの調節を行う高度な働きが、錯覚をうみだしたと考えていたからです。
しかし、この説には不可解な点がありました。
なぜなら、上の図のような「影の方のドットが暗くみえる」逆パターンが存在したからです。
「だからどうした?」
と、思われるかもしれませんがMITの研究者たちは、これは重要かつ決定的な事実だと考えました。
というのも「影の方のドットが明るくみえる」ように脳が介入をかけているなら、本来、逆は起こらないはずです。
しかし、逆がある。
すなわち、明るさの判断には脳の介在そのものが無い可能性が出てきたのです。
脳に辿り着く前に錯覚は起きていた
MITの研究者たちは「明るさにかかわる錯覚に脳の介在が存在しない」との仮説を証明するために、別の実験を行いました。
私たちの知覚する世界は、2つの目からのイメージを統合することで生成されます。
しかし皮肉なことに、統合後のイメージはそれぞれの目の伝える真実と必ずしも一致せず、様々な錯覚を起こします。
研究者は特別に設計された立体メガネを使用して左右の目の視覚を分離することで、錯覚が2つの目からの情報が統合される前の「片目の段階」で起きていたことを発見しました。
つまり、明るさを認識する基本的な計算処理と付随する錯覚は、脳に至る前の網膜にある単純な神経回路でなされており、脳は「錯覚をうみだしていた」のではなく「既にうまれた錯覚をみていたに過ぎなかった」のです。